(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #7

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7.シュワシュワ炭酸はじけて爽快
 家庭で簡単に炭酸飲料が作れるなんて時代になっていた。大蔵が小学生の頃は、ラムネがシュワシュワして水に溶けると、なんだか得体のしれない飲み物が出来上がるという程度であった。
 目の前のノッポな機械をつかうと、専用のボトルに詰めた液体に炭酸を溶かし込むことができるらしい。ボトルが透明だから炭酸を溶かし込んでいるところを眺めることができる。
 ボトルの上から突き出て、ノズルが液体中に炭酸を吐き出す様子はなかなか爽快だ。勢いよく泡が吐き出されている。ボトルの底の方は気泡だらけ。これは、ちょっと見ていて楽しいもので、しばらくじっとこれだけを見つめていても見飽きそうにないくらいだ。
 ノズルから泡が勢いよく吹きだしているさまは、ジェットバスのイメージだし。そう思うと、温泉に行きたくなってきた。妻と二人、貸切風呂でノンビリ湯につかるのは、天国だろう。それに、妻の裸体は、なかなかに美しいのだ。貸し切りの露天風呂に配置したら、さぞかし。
「できましたよ」
「うん?なにが?」
「なにがって、アイティーに決まっていますわ」
 小学生の女の子を前に、何を考えていたんだ。大蔵は頬が熱くて、氷の入ったコーヒーサーバーを押しつけた。ああ、ひんやり冷たくて気持ちいい。
 シュワシュワと気泡を立ちのぼらせているアイスティーのグラスがふたつ、目の前の台の上に屹立している。透明感と、見た目の爽やかさがよい。ミントの葉でも上に添えたいくらいだ。
 メイドの女の子は、昨日もこんなメンドウなことをやって紅茶を用意したのだ。お疲れさまでした。
 銀の盆にグラスをのせる。
「じゃあ、部屋にもどりましょうか」
「はい、もどりましょう」
 女の子のあとについて廊下をゆく。
「あ、」
「なんです?今度は」
 昨日、アメやガムやラムネを常備しておかないとなんて思っていたことを思い出したのだ。
「そんなこと、いいじゃないですか、アイスティーだけでもおいしいですよ?」
「そう言ってもらえると、たすかります」
 今日こそは、なにかお菓子を買って帰ることにしようと、大蔵は考えるのだけれど、たいていすこしたつと忘れてしまう。
 部屋が近づいたから、大蔵が先を越して、ドアを開く。
「ありがとうございます。楽チンです」
「あれ?外に控えているメイドさんは?開けてくれないんですか?」
「鍵を開けないといけないから、お盆をもってもらって、鍵を開け、ドアも開けて、お盆を受けとって、やっと部屋にはいるのです」
「それはメンドクサイ。いまは中に誰もいないから、外に誰もいないし、鍵もかけないんですね?」
「はい」
 小さな背中を見送って、後ろ手にドアを閉める。今日は蹴つまづくことなくテーブルに盆を置いた。女の子が奥、大蔵は手前の席につく。
 やっぱりこの部屋はあたたかい。南に面しているのだろう。暗くなるまでは暖房がいらないようだ。いつの間にかストローを用意してくれていて、グラスにさして吸う。炭酸の刺激がノドに心地よい。アイスだからゴクゴク飲めてしまう。
「早いですね、もう飲み終わっちゃいました?」
「ああ、いいですよ、ゆっくり飲んでください。氷、本当に溶けにくいですね。まだこんなに大きい」
「窓から明かりがはいって明るいし、氷が透きとおっていると、とてもキレイでしょう?」
「本当ですね」
 アイスティーを飲んだら、また捜査にもどらなければならない。大蔵は被害者が使っていたという机の上に目を移した。

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1日に何度も更新しすぎました

文字数12000文字、今日も6000文字書きました。

書きましたはいいのですけれど、方針を変更したために、1日にいくつも記事として小説をあげることになってしまいました。

メンドクサイ。

こまかくしすぎかもしれません。

でも、あまり長いのも敬遠されるかなと思ってしまいます。

あと、目次をつくることにしたのですけれど、これもメンドクサイですね。

やめておけばよかったかもしれません。

(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #6

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6.氷にはこだわります
 メイドの女の子は、メイド服に着替えてきて、キッチンに案内してくれた。家庭の台所と言うより、レストランの厨房の雰囲気だ。
 台にヤカンを置く。ヤカンは喫茶店で使っている縦に長いものだ。それに、ペットボトルの水を冷蔵庫から出してきた。最後に踏み台。大人用のキッチンは小学生にはまだ高すぎる。踏み台にあがって、ペットボトルの水をヤカンに注ぐ。
「水道水がいいっていう人もいるのですけど、わたしはミネラルウォーターを使います。塩素のせいか、飲んだときに喉がイガイガになってしまうから。ミネラルウォーターなら、ツルツルです」
「ふーん」
 大蔵の妻は水道水派だ。二分くらい沸かしっぱなしにする。
 ティーポットに茶葉をいれ、沸かしたお湯を注ぐ。これは普通。ポットにティーコジーをかぶせる人は少ないかもしれない。
「このあいだに氷を用意します」
「氷?」
「アイスティーですの」
「昨日も?」
「そうですよ?」
「ああ、あの部屋けっこうあったかいですね」
「天気のいい日は暑いくらいですわ?」
「それでアイスティーか。いいですね」
「はい」
 一般家庭にはキューブアイスメイカーはないだろうけれど、扉を開けて専用のスコップでコーヒーサーバーみたいな容器に氷を入れる。グラスを出してきて、今度は別のハイテク機械みたいなものから容器を取り出す。
「それは?」
「氷です。ほら」
 ひとつ取り出して、指でつまみ見せてくれる。怖ろしく透明な氷だ。スジひとつない。
「さっきの氷とどうちがうんですか」
「こっちのは、透明で、硬いかな。グラスにいれるのはこっちの氷です」
 見た目がよいのは確かだ。
「この機械は、透明な氷を作る専用なんですか?」
「これは恒温器というもので、設定した温度で室内を一定温度に保ってくれるのですわ?」
「はあ、この液晶の表示の温度ってことか。温度を設定できると」
「そうです。マイナス五度で丸一日くらいかけて凍らせます」
「そんなに時間かかるんだ」
「室温がマイナス五度ですけれど、水はすこしづつ冷えていくし、凍っていくあいだもずっと冷やしていかないといけないのですわ?」
「へー。ゆっくり凍らせるから透明なんですか?」
「不純物がありませんの」
「やっぱり水道水じゃない」
「氷は蒸留水を使っています」
「蒸留水って、理科の実験でしか使ったことないですよ。まずくないですか」
「味は関係ありません。見た目の透明感と、硬さ、溶けにくさです」
「溶けにくいんですね」
「氷は不純物のところから溶けはじめます」
「なるほど」
 メンドクサイ。
「ときどき、水をかえてあげることも大切です」
「は?氷の?」
「そうです。どうしても気体が溶け込んでしまいますから、水が凍ってゆくと、気体の割合が増えてしまうのです。容器に接しているところから氷の結晶が成長するから、容器を逆さにして水を抜き、蒸留水をたします」
 メンドクサイどころではなかった。苦行といていいレベルだ。で、できあがるのが氷なのだ。どうかしている。
 砂時計の砂が落ちきった。茶こしでこして、紅茶をコーヒーサーバーに注ぎ入れる。氷が割れる音が涼しい。厨房はヒンヤリしている。
「そうだ、炭酸にします?」
「は?」

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(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #5

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5.現場百遍?そんなにやってこられても困ってしまいます
 大蔵は窓を背にすわっている。テーブルの向こうでドアが開け放たれ、廊下の窓が見える。お尻をずらして、ズッコケたような格好になってみる。うん、こんなものか。
 イスにすわった状態で胸を撃たれたのだとすると、ドアを正面にしているのだから、ドアが開いているときに撃たれたということになる。メイドの女の子がケーキと紅茶をのせた盆もってドアを開けたときだろう。室内にはいってしまえば、もしドアが開け放されていたとしても、メイドの女の子の影になってしまって被害者を撃つことはできない。
 いや、ドアを開けているときだって、撃ってくださいとばかりに体をよけているわけではない。やはりメイドの女の子の影になってしまうだろう。ドアノブに手をかけているのだから。
 かりに、ドアが開いて女の子という障害物がない状態だったとしても、廊下から発砲したら、メイドの女の子はもちろん、ほかの部屋にいる人たちにだって銃声が聞こえただろう。メイドの女の子はすぐそばで発砲されることになる。犯人はモロバレだ。
 廊下に窓はあるけれど、犯行当時窓が開いていたということはないし、イスにすわった被害者の胸に水平に弾を打ち込むには、窓の位置が高すぎる。大人が立って胸の位置に窓の枠がくる。
 部屋の外には弾丸が飛んでくる場所がない。
 かといって、拳銃が部屋の中から発見されたということもない。どういうことだろう。まったくわからない。いや、いままでの事件だって毎回どういうことかわかっていないのだけれど。かわった事件ばかりなのだ。
 イスからずり落ちるようにして床に膝立ちになる。窓側も同じ。窓ガラスに穴が開いているなんてことはない。しかも窓はハメ殺しなのだ。事件当時も窓が開いていたなんてことはない。イスにすわった状態で撃たれたというのがウソであったとしても、状況がよくなることはない。
 被害者の死因は銃で心臓を撃ち抜かれたことによる心臓損傷だった。銃弾は背骨でとまっていた。弾の入射角度は水平。
 困ったことだ。
 あんな小さな女の子を殺害する動機というのもわからない。いやに厳重に警備されているように思うけれど、これは誘拐対策なのだそうだ。子供部屋の窓はハメ殺し、普段ドアは施錠し、廊下にひとりメイドが控えている。事件の当時も、メイドの女の子がおやつをキッチンに取りに行っているあいだも、ドアを施錠し、入室の際に鍵を開けて、また締めるということをしている。ドアの横には、ご丁寧に盆を置くための小さな台が設置されている。
 見張り役のメイドがまず疑われたけれど、硝煙反応はでないし、拳銃もでないし、女の子のメイドがすぐそばにいる状況で撃たなければならないし、どうやらシロらしい。犯行の方法がまったくわからないのだから、犯行時の状況を考慮することは賢明ではないけれど、ほかの条件からシロと言っていい。
 銃声ということで言えば、誰もそれらしき音を聞いていない。メイドの女の子が盆をもって部屋にはいったあとドンという物音が聞こえたということだけれど、つまづいたときの音か、足を踏ん張ったときの音か、テーブルに手をついたときの音だろうと想像がつく。実際、二三回ドンという音がして、ガシャンという音がしたらしい。盆、グラス、皿、フォークが飛び上がり、跳ね返り、転がり、落ちたのだから、さぞかし騒々しい音がしたのだろう。紅茶だって、びしゃーっとカーペットに流れ落ちたようだし。
 盆には氷が解けて水がたまっていたらしい。
 女の子が氷をひろったのだ。紅茶は盆に移すことはできないけれど、氷ならほおっておいてカーペットを余計に濡らすより拾った方がよい。
「あ、お蔵入りの」
 メイドの女の子がランドセルを背負って部屋のドアから顔をのぞかせている。大蔵はイスにズッコケたまま手を挙げて挨拶した。
「大蔵さん」
「お蔵入りのって、誰にそんな悪口を吹きこまれましたか」
「え?えーと。さあ」
 サクラさんしかいない。いつか名誉棄損とセクハラで訴えてやりたい。
 イスにすわりなおす。メイドの女の子はいまはメイド服ではない。テーブルにやってきて、大蔵の向かいのイスにすわる。ランドセルの紐を手に握ってかわいらしい。
「大蔵さん、なにか飲む?」
「うれしいな、ご馳走してくれるの?そうだ、昨日と同じように紅茶いれるところ見せてください」
「よろしくてよ」

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(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #4

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4.警察ってタイヘンみたいですね
 女の子は急に顔を下向けて黙ってしまった。
 おやおや、女の子が顔を赤らめてしまうような魅力を発散してしまったかな?
 と、うしろに気配。
「おい、話は聞けたか?」
 鳥肌が立つ。頬が触れあうほどに近く、サクラさんの顔が突き出されたのだ。
 身を引いて、サクラさん側の耳を手で押さえる。
「やめてください。セクハラですか」
「立場が逆だろ。わたしが女で部下なんだから」
「そういうものですか?」
「そういうものなんだ。で、話ははずんだのか?」
「そこそこにはずんでいたかと」
「よし、じゃあ引き上げるか」
「え?もう?」
「大蔵がくるのが遅かったんだ」
「そうでしたっけ」
 大蔵は自宅へもどって着替えをしただけなのだけれど。
「じゃあ、また明日。あ、学校か。ちかいうちにね」
 女の子が顔をあげる。なにかいいたそう、だけど黙っている。大蔵は席を立って、バイバイと手を振って居間を出た。
 玄関を出ると、ほかの車はすっかり消えていて、大蔵たちが乗ってきた車だけがアイドリング状態でとまっている。やっぱり大蔵が遅かっただけのようだ。大蔵は助手席に、サクラさんは後部座席に乗り込んだ。
 後部座席に長老然とした米田さんが背を伸ばしてすわっている。サクラさんの相棒だ。サクラさんの相棒は米田さんにしか勤まらない。打たれ強いというか、暖簾に腕押しなのだ。きっと将棋が趣味だ。ただのイメージだけれど。
「ご遺体は?」
司法解剖
「これから?」
「メシのあとじゃないほうがいいだろ」
「どっちもどっちかな」
 車は大学病院に向かった。といっても、車の中で寝入ってしまうほど遠い。気がついたら、あたりはもう真っ暗。法医学教室の研究室へ顔を出す。
「ああ、きましたね。立ち会います?」
「はあ」
 気のない返事になってしまう。それはそうだろう。解剖なんて立ち会うのは勘弁願いたいというのが本心のところ、今回は小学生の女の子なのだ。ガラスの心が粉々に砕けて立ち直れなくなってしまう。
「大蔵くん」
「はい、なんでしょう」
「ぼくは外で待ってていいですか」
「ああ、大丈夫ですよ。ここはサクラさんに任せてぐえぇ」
「大蔵が立ち会わないでどうする」
 ぐいっと後ろ襟を引かれた大蔵と、当然大蔵に首根っこをつかまれた相坊が、サクラさんとご一緒することになった。
 司法解剖というのは、お腹の中から、脳みその中から徹底的に調べることになっている。痛いような、気持ち悪いような、かわいそうなような、顔がゆがんでかたまってしまうようなことが連続なのだ。それでわかることといったら、死因と死亡推定時刻、凶器くらいのものだ。犯人を教えてくれれば大変な思いをする価値もあると思うけれど、決してそんなことにはならない。

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(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #3

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3.これはかわりすぎた事件ですと言われた
 そんなことを言ったのだけれど、やっと暖かいところにきたと思ったら、小学生の女の子と向かい合わせですわらされてしまった。どうやら、大蔵の取り調べ相手はこの女の子らしい。
「えっと、大蔵です。よろしく」
 無言。顔をあげもしない。
 大蔵はひとりっこ。弟や妹の面倒を見るなんていう経験をしたことがない。こんな子供の相手をするのは荷が重いように、自分の実力をはかった。刑事の務めとして、アメやチョコレートをポケットにいれておかないといけないのかもしれない。いや、チョコレートをポケットに入れたら溶けてしまうか。アメやガム、ラムネくらいか。大蔵はそういった駄菓子に馴染みがないから、やっぱり子供の相手は荷が重いと思ってしまう。
「ここは、居間ですか?立派なお部屋ですね」
 反応がない。
 女の子の服装を見ると、どうもこの家の子供ではないようだ。他人の家の居間をほめられても、反応のしようがなかったかもしれない。反応がないというのは、話しかけた人間を不安にさせるものである。
「その服は、制服ですか?この家でお仕事してるのですか?」
「この服はメイド服ですわ?」
「ですわ?」
「ごめんなさい、アニメの観すぎでへんな口癖がついてしまって」
「いえ、いいんです。ちょっと、服装との違和感に驚いただけです。気にせず、使ってください」
 やっと女の子から言葉を引き出すことができた。あやうく失敗しそうになったわけだけれど。
「殺されちゃった女の子、なにちゃんだっけ、その子はどんな風に殺されちゃったんですか」
「どんな?」
「えっと、なにをしているときとか、どこにいるときとか、誰にはわからないか、胸を刺されたとか、首を絞められたとか、そういうこととか、どうやって実行されたかっていうことを聞きたいんだけど」
「ひとつづつ聞いてください」
「そうだよね、いっぺんにいろいろは無理です。どこにいて殺されちゃったんですか」
「子供部屋で、テーブルの席についていました」
「子供部屋。大きいおうちだから、子供部屋も大きいんでしょう?」
「この部屋よりちいさいけど、はい、大きいと思います」
 話しはじめたら、しっかり受け答えをしてくれる。もしかしたら、先にサクラさんが取り調べようとして怖がらせてしまったのかもしれない。大蔵だって怖いくらいなのだ。
「ドアを入って、どのあたりですか?そのテーブルがあるのは」
「まっすぐ歩いたところです。十歩くらいかな」
「そんなに。うちだったら部屋を通りすぎちゃうな」
 女の子がちいさく笑う。大蔵は笑えない。
「テーブルは大きいんですか?アニメみたいに、こっちのはじからむこうのはじまでながーくて声が届かないくらい」
「そんなわけありません。子供部屋のテーブルですよ?ふたり用のちいさいのです」
 手をのばして丸くテーブルの大きさを示してくれる。たしかにバカでかくはない。
「じゃあ、イスにすわっていて、まわりは?どんな部屋なんですか?」
「ドアをはいって正面がテーブルで、その先は窓です。テーブルの右側にはベッド。ベッドのさらに右奥はクローゼット。テーブルの左側は本棚とか机とかです」
 説明は小説のように手際よい。
「なるほど。それだけ聞くと普通の部屋みたいですね。なにか普通じゃないものってないですか」
「普通の女の子の部屋です。すこし広いというだけですわ?」
「うん、そうですか。ヨーロッパの騎士の鎧とかありそうかなって思ったんだけど」
「そういうものは廊下に飾るか、収蔵庫です。子供部屋になんて置きません」
「ですよね」
 家にはあるんだと思って感心してしまう。お金持ちはちがう。地下牢があったり、拷問部屋があったりするんじゃないかと想像をたくましくしてしまうけれど、子供に聞くことではない。
「つぎは、殺されちゃったときは何をしていましたか?テーブルにすわって何をするところでしたか」
「お茶ですわ?」
「お茶。ああ、おやつの時間でしたか」
「わたしはケーキと紅茶をお盆にのせてお部屋へ運んでゆきました」
「そう、ケーキですか。豪勢ですね。クリスマスでもなきゃ、ケーキなんて食べませんけどね」
「それではケーキ屋さんが困ってしまいます」
「それはそうだ。誰がどんなときにケーキを買うかなんて考えたことなかった。ああ、家庭訪問だ。家庭訪問のときはケーキを用意するんだよね。で、先生は手をつけない。それで、子供は家庭訪問の日はケーキのおやつにありつけるわけだ。先生がケーキを食べちゃったときの悔しさったらないけどね。もう授業中指されても答えてやるもんかって神に誓うんだね」
「なんのことですの?」
 ですのが出た。大蔵ははじめて聞いた。アニメを見過ぎた女の子はみんなこんな口調になってしまうものなのだろうか。
「いや、こっちの話。気にしないでください」
 ふう、ため息が出ちゃう。無理に合わせようとしなくてもいいか。
「それで、ケーキを食べてるときに?」
「なんです?」
「殺されちゃったのは」
「ケーキは食べなかったのです」
「食べなかったの?もったいない。まだあったらもらってもいい?」
「警察の方がもっていったのではないかと思いますけれど」
「そうなの?ケーキを押収したの?かわった事件だな。いや、運命か」
「運命?」
「そう、かわった事件にばかりあたってるんです。この現場で一番偉い人なんですけどね?」
 大蔵は自分で自分を偉いという恥ずかしいことをやらかしたことに気づいたけれど、気づかなかったことにして自分を指さす。
 いや、やっぱり恥ずかしい。
「はあ」
 怪訝そうな顔。こんな小さな子でも怪訝そうな顔ができるのか、女の子って怖い。
「かわった事件しか担当したことがないんです」
 かわってますかと気の抜けた返事が返ってきた。そりゃそうだ。一般の人からしたら、自分の遭遇した事件が普通か変わってるかなんて関係がない。あなたの事件変わってますねなんていわれて喜ぶ関係者もいないだろう。いや、お金持ちは、庶民と一緒にしてもらっては困る、うちの事件は特別に決まってるなんて言うかもしれないけれど。
「それはさておき、」
 なにをさておくのかわからないけれど、
「もっていったケーキ、なんで食べなかったんですか」
「それは、つまづいてしまったんです」
「つまづいた?いつ?どこでです?」
「ケーキを運んでテーブルに置こうかというとき、テーブルの目の前で」
「それで」
「お盆を、こうバンとテーブルに叩きつけちゃって、手をつくみたいにして」
「ああ、体勢を崩してね?」
「そうです。体を支えようとしたんですね、反射的に」
「うん」
「で、グラスはひっくり返っちゃうし、フォークは飛んでっちゃうし、ケーキは倒れちゃうし、テーブルも床も紅茶でびしゃびしゃになっちゃったんです」
「でも、ケーキはひっくり返っただけなんでしょう?」
「ひとつがひっくり返ってというか、横に倒れて、もうひとつはすこしずれただけでした」
「なるほど、食べられますよね」
「で、殺されちゃってた、んです」
「は?」
「胸に血が出ていて、ちいさな穴が開いていて、お人形みたいに、目は開けているけど、なにも見てないんです。あと、わたしが紅茶をかけてしまって、びしょびしょだったけど」
 胸に穴が開いてたって、キリ状のもので刺されたのか?
「いつです?子供部屋にはいったときは?生きてました?」
「さあ」
「さあって、言葉をかわしたりしなかったんですか?」
「しません。お盆にグラスをのせてましたから、話しかけられても、黙っててといいます」
「じゃあ、顔も見てない。すでに人形みたいだったかわからない」
「見てません」
「それじゃ、いつ殺されちゃったかわからないじゃないですか」
「わかりません。けど」
「けど?」
「部屋の外にやっぱりメイドが控えていましたから、」
「誰にも殺すチャンスがなかった?」
「と思いますけど」
「すみません、訂正します。かわった事件なんかじゃありません、かわりすぎた事件ですよ、これは」
「なにかおまけもらえます?」

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(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #2

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2.主役は遅れて登場することも決まっているようです

 ドアを開けて車を降りると、冷たい風が吹きつけて、大蔵は身をちぢこませる。車は門を通って、車寄せに駐車してある緊急車両のうしろにつけてある。
「寒いな、早く中にはいろう」
「コート着てくればよかったじゃないですか」
「すぐに室内にはいればいらないだろ」
「いいんですけどね」
「おい」
 上から声が降ってきて、大蔵は見上げる。色の薄い空、上空は風が猛烈に吹いているらしく、恐ろしいくらいの風の音がやってくる。声の主は、そんなところにいるはずがない。天使が声をかけてきたのでもなければ。
「どこを見ている。ニューヨークの摩天楼でも見上げてんのか?」
「そんなつまらんものは見上げませんよ」
 鬼の形相で玄関前から睨みつけられている。玄関へは三四段の階段を登らなければならないから、見上げることになる。
「またやっかいな事件を引き当てちまって、大蔵は前世、相当の名探偵だったんじゃないか」
「お褒めにあずかりまして」
「褒めてない。前世で解決した事件の犯人が怨霊になって取りついてるんだ。だから、おかしな事件ばかりに行き当たる」
「はあ、運命として受け止めるしか」
「道連れになるこっちに身にもなれっ。わたしの成績はここにきてがた落ちだ」
「ひとりの力で事件を解決できるわけでもなく」
「わたしが無能だからだと言いたいのか?」
「いや、とんでもない。ただ、結果だけを見ていてはつぎに生かすべき教訓を得ることが、必ずしもできないわけで」
「人生三十年生きてきて、どんな教訓を得たっていうんだ?え?」
「うん、まあ。人に逆らわず、寒いときには暖かいところに移動するということでしょうか」
「よく、寒いなんて不平を言えるな。大蔵の到着が遅いから、ずっとまえから、その寒い玄関前で立って待っていた、わたしに向かって」
 腕を組んで立っているからエラそうに見せているのかと思ったら、寒かっただけらしい。
「もうしわけない、ちょっと準備に手間取ったものだから」
「準備って、家に寄って着替えただけじゃないですか」
 大蔵は、つまらない告げ口はよしたほうがよいと忠告する気持ちをこめて、相坊を見つめた。すぐに伝わらないとわかって、顔を手元に向ける。開いた手のひらが血色悪く白くなっているのを確認して、こすりあわせる。サクラさん、口は悪いけど、過保護だ。
「なんで着替えなんてしてんだよ」
「いや、それなりのおうちだと聞いたんですよ。それなりの人を相手に話を聞くことになると思ったから、それなりの格好をしてきました」
「殊勝な心掛けだ。わるかったな支給品で」
 いたづらな風が突然吹きつけたけれど、サクラさんの髪を乱しただけで、スカートの裾をどうにかするなんてことはなかった。タイトスカートだし。

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