(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #2

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2.主役は遅れて登場することも決まっているようです

 ドアを開けて車を降りると、冷たい風が吹きつけて、大蔵は身をちぢこませる。車は門を通って、車寄せに駐車してある緊急車両のうしろにつけてある。
「寒いな、早く中にはいろう」
「コート着てくればよかったじゃないですか」
「すぐに室内にはいればいらないだろ」
「いいんですけどね」
「おい」
 上から声が降ってきて、大蔵は見上げる。色の薄い空、上空は風が猛烈に吹いているらしく、恐ろしいくらいの風の音がやってくる。声の主は、そんなところにいるはずがない。天使が声をかけてきたのでもなければ。
「どこを見ている。ニューヨークの摩天楼でも見上げてんのか?」
「そんなつまらんものは見上げませんよ」
 鬼の形相で玄関前から睨みつけられている。玄関へは三四段の階段を登らなければならないから、見上げることになる。
「またやっかいな事件を引き当てちまって、大蔵は前世、相当の名探偵だったんじゃないか」
「お褒めにあずかりまして」
「褒めてない。前世で解決した事件の犯人が怨霊になって取りついてるんだ。だから、おかしな事件ばかりに行き当たる」
「はあ、運命として受け止めるしか」
「道連れになるこっちに身にもなれっ。わたしの成績はここにきてがた落ちだ」
「ひとりの力で事件を解決できるわけでもなく」
「わたしが無能だからだと言いたいのか?」
「いや、とんでもない。ただ、結果だけを見ていてはつぎに生かすべき教訓を得ることが、必ずしもできないわけで」
「人生三十年生きてきて、どんな教訓を得たっていうんだ?え?」
「うん、まあ。人に逆らわず、寒いときには暖かいところに移動するということでしょうか」
「よく、寒いなんて不平を言えるな。大蔵の到着が遅いから、ずっとまえから、その寒い玄関前で立って待っていた、わたしに向かって」
 腕を組んで立っているからエラそうに見せているのかと思ったら、寒かっただけらしい。
「もうしわけない、ちょっと準備に手間取ったものだから」
「準備って、家に寄って着替えただけじゃないですか」
 大蔵は、つまらない告げ口はよしたほうがよいと忠告する気持ちをこめて、相坊を見つめた。すぐに伝わらないとわかって、顔を手元に向ける。開いた手のひらが血色悪く白くなっているのを確認して、こすりあわせる。サクラさん、口は悪いけど、過保護だ。
「なんで着替えなんてしてんだよ」
「いや、それなりのおうちだと聞いたんですよ。それなりの人を相手に話を聞くことになると思ったから、それなりの格好をしてきました」
「殊勝な心掛けだ。わるかったな支給品で」
 いたづらな風が突然吹きつけたけれど、サクラさんの髪を乱しただけで、スカートの裾をどうにかするなんてことはなかった。タイトスカートだし。

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