(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #8

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8.その箱はスリーディー・プリンタ
 実ははじめて現場の部屋にはいったとき、一番に目についたのがこれだった。なにか建築現場のスケルトン模型みたいな、得体のしれない箱だ。被害者が使っていた机は、通常の学習机をふたつ並べたサイズだった。勉強のためにノートや教科書を広げるスペース、コンピュータを操作するスペース、それに、この建築現場模型。
「これは?」
「スリーディー・プリンタですね」
「なんですか、それ」
「知りません?パソコン上で形を作ると、その通りに実際のものを出力してくれるんです」
ドラえもんの道具?」
「子供のおもちゃじゃありません。データはネットでいろいろ公開されているのをダウンロードしてもいいし、ダウンロードしたものに手を加えてもいいし、一から作ってもいいんです」
「ふ、ふーん。それで、どんなものを作ったの?」
「これとか?」
 手のひらにのせて見せてくれたのは、頭蓋骨の化石だった。プラスチックでできているらしい。着色されて、かなりリアルだ。
「こんなの作ってどうするの」
「勉強ですわ?ヒトの進化の様子を学べます。博物館で公開しているデータを出力したものです」
「そうですか」
「あとは氷の型とか」
「ああ、型ね」
「膨張するからむづかしいんですの」
「ああ、なるほど、そうですね」
 さっきから小学生に教えられることばかりだ。かわりすぎた事件だから仕方ないのかもしれない。
「やっぱり、被害者の女の子と一緒にそういうことしてたんですか?」
「ええ、同級生だから、一緒に宿題をやったり、パソコンをいぢったりしていましたわ?」
 やっぱり、メイドといっても遊び相手という位置づけなのだろう。
「ねえ、まさか、拳銃のデータなんて公開されてないんでしょう?」
「ありますわ?でも、プラスチックで作っても面白くありません。実弾が撃てるわけじゃありませんもの。ですから、こうです」
 大蔵は両手をあげる。拳銃を突きつけられているのだ。ポシュッと音がして、スーツの胸のところに弾があたる。跳ね返って、床の絨毯に転がる。
「人に向かって撃っちゃダメじゃないですか」
「こんなおもちゃでも?」
「おもちゃでも」
 むっと怒った顔をして床から弾を拾う。ビービー弾だ。
「ビービー弾が撃てるように修正したデータを公開してくれている人もいるのです」
「なるほど」
 弾を差し出して、メイドの女の子の手のひらにのせてやる。
 プラスチックしか出力できないなら、実弾を撃てるなんてことはないだろう。銃の方が爆発して危険だ。それに、一応拳銃の捜索はしたのだし、メイド服から硝煙反応はでなかったのだ。学校から帰って子供部屋へはいってから、ほとんどの時間は内側から鍵がかけられていて、密室だった。中で人が殺されたとなれば、一緒に中にいた人間が疑われるのは仕方のないことだろう。

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