(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #9

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9.現場にばかり入り浸っているわけでもありません
 デスクでパソコンに向かって報告書を頭から絞り出しているとなりで、相坊が暇そうになにか本を眺めている。メロンパンでも買いに行かせてやろうか。
「なにを見てるんだ?」
「アルバムです。被害者の両親から借りてきたんです」
「どれどれ」
 相坊のほうに身を乗りだしてアルバムをのぞき込む。ベビーベッドに横になって眠っている写真やら、大泣きに泣いているらしい写真やら、赤ちゃん時代の写真だ。
 ページをめくってゆく。手が止まる。
「ああ、おれはこのくらいが一番いいな」
 よちよち歩きをはじめたころの写真だ。手を前に出して、つかまるものを探すようにして歩いている。立った状態でぬいぐるみのクマを両手でこちらに見せている写真。頬がゆるんでしまう。
「このあとは、しゃべりだして、わがままいうようになって、手がつけられなくなるんだ。あっという間に反抗的な態度をとるようになる」
「大蔵さんの人間観って救いようがないですね。みんながみんな大蔵さんみたいじゃないんですよ」
「いいや、みんながみんな同じ運命をたどるんだ」
「はあ」
 何をいっても無駄という顔になっている。表情にださずにはいられないのだろうか。
 ページを繰ってゆくと、誕生日なのだろういちごののったケーキだったらしいケーキと一緒に写っている。いちごののったケーキだったらしいというのは、いちごのあとが生クリームに丸く残っているということだ。先に食べてしまったのだろう。
 ひとそれぞれケーキの食べ方もいろいろだ。大蔵はとがったほうから食べはじめ、いちごに到達したところでフォークでぶっ刺すという食べ方だ。きっと最もオーソドックスな食べ方だろう。あれ?妻はどういう食べ方だったかなとエスキューエル文を入力しそうになったけれど、一緒にいちごショートを食べたことがなかったと気づいた。いちごショートなんていう素朴なケーキより、もっとオシャレな季節限定とかのケーキを、大蔵の妻は選択するのだ。
「あまり聞きたくもないけど、サクラさんはいちごショートのいちごをどのタイミングで食べますか」
 背を伸ばして、ディスプレイ越しに顔を出し、向かいの席のサクラさんに振ってみた。
「食べない」
「は?いちご残しちゃうんですか?」
「生クリームが嫌いだから、いちごショートを食べない」
 全否定だった。聞く相手が悪かった。しかも、なんだか気分を害してらっしゃるようだし。失敗だった。
「あ、おれはですね」
「相坊には聞いてない」
 相坊をやりこめてやって、すこし元気を取り戻せた。

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