(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #12 最終回

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12.記録更新、すごいものです
「ほんとうに現場百遍なんですね」
「そうだね、毎日繰り返されることとか、定期的に繰り返されることとか、とにかくそういうことを狙うっていう意味もあるんです」
「なるほど。繰り返すほどに意識から消えてしまうこともありそうですけれど」
「そうですね、新鮮な気持ちをもちつづけるのはむづかしいことかもしれない」
 メイドの女の子はランドセルをおろす。三つ編みにした髪をほどいて、大蔵の向かいの席にすわる。目を見張るほど、被害者の女の子の姿にそっくりだ。とくに、アルバムの写真に写っていた被害者の姿に。
「あの、きみすっごく。いや、失礼なことかもしれないけれど、被害者の子に似ています」
「はじめてそんなこと言われました。メイド服じゃないし、髪もほどいたからですね。わたしたち従姉妹なのですわ?」
「そうだったんですか。知らなかった」
「お母さん同士が姉妹なのです」
「それでよく似てるのか。従姉妹がそんなに似てるっていうのも珍しいかもしれないけど。そっくりな姉妹がいたり、全然似てない姉妹がいたり、よくわかりませんね、似てる似てないって」
「今日お迎えがきて、施設に移ることにしましたの」
「え?ああ、そうですか」
「おじさんとおばさんにも、そのほうがいいと思いますの」
「うーん、むづかしいところですね。でも、これと決めたことが正しいことにちがいないんです」
「はい」
 すこしはかなげに見えてしまう。いろいろ知ってしまったからだろう。彼女の微笑は以前とかわらないはずだ。
「刑事さんはなんで刑事さんになったんですの?」
「子供のころからの夢だったんです」
「夢が叶っちゃってつまらなくありません?」
「楽しい。犯人を捜すのが仕事ですからね。犯人を追いかけたくて刑事になりたいと思ったんです。それに、人間の欲望は果てがないんです。夢がかなっても、もっとほかの夢ができちゃうんですよ。使いきれないくらいお金持ってる人が、悪いことしてもっとおカネを稼ごうとしたりね。そんな人を逮捕するんです。おもしろいですよ」
「かわった事件ばかり担当しているのでしょう?余計におもしろそう」
「被害者の人たちには、おもしろいなんていったら悪いけれど、捜査自体はおもしろいと言わざるを得ない。
 いまはね、犯人はお前だっていって手錠をかけるのが、夢なんです」
「それが、刑事さんの夢?」
「じつは、いままで担当した事件、ひとつも解決できてないんです」
「そうなのですか?」
「そうなんです。正に、疑いようもなく。担当事件未解決記録絶賛更新中です」
「そんな記録が」
「継続捜査っていうんですけど。事件のはじめほどは力をいれずにというか、やれることがなくなるから自然にそうならざるを得ないんですけど、ほそぼそと捜査することになります。よくいうお蔵入りとか、お宮入りとか、迷宮入りというものですね。名前が大蔵なのが悪いのかもしれないと思いはじめてるんですけどね」
「じゃあ、結婚して奥さんの姓を名乗ったらいいじゃないですか」
「それがですね、奥さんの旧姓が宮入で、どっちもどっちなものだから、まあ大蔵をとったんですけど」
「結婚されてるのですか」
 その言葉は、よく結婚できたなという響きをもっていて、ガンガン響き渡って、部屋のガラスを揺らしそうだ。
「はい、まあ幸運にも」
「では、この事件を解決して夢を叶えてください。不名誉な記録もストップです」
「なにかヒントでも?」
「自力で解決しないでどうするのです。そうだ、わたしも刑事を夢にしようかしら、それとも」
「お待たせしましたー」
 相坊がおぼつかない足取りでお盆を抱えるようにして部屋へはいってくる。
「おやつを用意しました。食べましょう」
「わあ、ありがとうございます。おやつのなかでいちごショートが一番好きなんですの」
「事件の日は食べそこなっちゃったでしょ」
 相坊がフォークを渡し、皿をテーブルに置いた瞬間、
 いちごにフォークを刺し、パクッと口にいれた。

(おしまい)

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