(ブログ連載小説)あいすクリームは溶けない #4

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4.最近食べていません
「米田さん、やっぱり見た瞬間わかりました?」
「そりゃ、たくさん見てきたからね」
「あんな青っぽくなるんですね」
「酸素がないからだねえ。臓器にもみんな血管が走って血液を供給してるんだねえ。静脈は酸素が少ないから、ほら、」
 米田さんは手のひらを伸ばして、青い筋を指でなぞる。
「こう青っぽい色をしている。それが臓器にたまってあんな色になるんだねえ」
「レバーなんかまずそうでしたね」
 トングでレバーをつまんでもちあげる。ついでに網にのせる。じゅーっと音をたて、煙をあげる。
「一番は肺だよねえ」
「でも、あとがなにもなかったでしょう」
「そうだね、扼殺、絞殺なら、首に跡ができたり、被害者が首を引っかいたりして、やっぱりあとが、」
 焼きあがった肉をたれにつけて口へ放り込む。
「うん、できるねえ」
「今回のご遺体はそれがないってことは、どうなんですか?」
 大蔵はウーロン茶をあおる。
「うーん、鼻と口を押えたのかな。クッションとか枕みたいなもので」
「なるほど。すると、顔面に付着した繊維で凶器が特定できますね。でも、寝ててもそんなことされたら起きるだろうから、なにか抵抗しそうかな」
「あとは、アレルギーではなさそうだったねえ」
「アレルギーで窒息するんですか?」
「アナフィキラシーショックってあるでしょう。気管が炎症を起こして腫れあがったら気道をふさいじゃうことがあるんだねえ」
「それで、ノドのところを切り開いて念入りに見てたんですね」
「ちょーっと、いいですか?」
「なんだよ、相坊。米田さんにいろいろ教えてもらってるところだぞ」
「だって、司法解剖に立ち会ったところなんですよ?」
「だから記憶が新鮮なうちに話を聞くんじゃないか。ほら、肉が新鮮なうちに焼いて食え」
司法解剖のあとによく焼肉食えますねっていいたいんですよぅ」
「なに、サクラさんに文句があるわけ?反乱を起こすの?おれは手伝わないから、ひとりでやってくれ」
「そうじゃなくて、最悪司法解剖のあと焼肉でもいいですよ。おれには選択権がないのはわかってます」
「だったら、黙って食え。若いんだから体がもたないぞ」
「なんで、臓器がうっ血してただの、喉を切開して閉塞してなかったかだのという生々しい話を聞きながら焼肉を食わなイカンのですか。記憶に新しいからいちいち映像が思い浮かんじゃうじゃないですか」
「まあ、焼肉は戦争だからな。食う人間が減ればそれだけ平和な日々が続くわけだ。そういう点では、相坊は平和に貢献している。いいことじゃないか。もし戦いに参加したいのであれば、必要なのは、発想の逆転だよ」
「なに言ってんですか」
「肉が死体みたいだと思って箸が進まないんだろ?」
「いや、言わないでくださいって」
 耳を押さえている。大蔵は押さえている上から耳に語りかける。
「それを逆転してみろっていうんだ」
 聞こえたらしい、相坊は顔をあげる。
「つまり?」
「アホなのか?死体が焼肉みたいだと思えばいいんだ」
「げぇ。そんなこと思えませんよ」
 口を押えてしまう。
「あのレバー瑞々しくてうまそうだなとか、ピンクの腸がこりこりしてうまそうだなとか思えばいいんだ」
 ハツをトングでつまんで目の前に掲げる。相坊は嫌々と頭を振る。
「気持ちワルっ」
 口を押えているから、言葉になっていない。
「あのご遺体のお姉さん、顔はキレイだったのに、肺は汚いし、内臓は黒ずんでるな、腹黒かったんだなとか」
「やめてください、ていうか、焼肉関係ないですよね」
「いまのは応用編だ。ひとを見る目が変わるぞ」
「美人みて内臓はきたねえんだろ、お高くとまんじゃねえよなんて思いたくありません」
「わかってきたじゃないか」
 大蔵は相坊の肩を抱く。サクラさんをふたりで見つめる。
「穢れを知らない処女のような内蔵してるぞ、きっとあぎゃ」
「ぶわっっちぃ」
 相坊をからかって遊んでいるうちに炭になりかかっていた焼肉を、サクラさんが大蔵と相坊に向かって投げつけてきだのだ。大蔵は頬に肉を受けた。地獄のように熱い。指先でつまんでほら食えと言って相坊の口に入れると、トイレに駆け込んでしまった。
「すみません、米田さん、お見苦しいところを。えっと、アレルギーじゃなさそうだって話でしたっけ」
「うん、そうだねえ。アレルギーに限ったことじゃないけど、ノドになにかつまってないか見てたんだと思うよねえ。で、なにもなかった。あとは二酸化炭素中毒ってことも考えられるかなあ」
「寝てるあいだは窓開けてたって話ですけど」
「そうかあ、じゃあちがうかなあ。でも、寝る前は三人だったんだよねえ」
「三人?じゃあ、あの女の子も昨日の夜一緒だったんですか」
「うん、そんなに遅くまでじゃないんだけどねえ。バイトのあと、差し入れをしに寄ったらしいんだねえ」
「バイトしてるんですね。勉強した方がいいのに。いや、そんなことはいいんだった。なんのバイトっていってました?」
「うん、アイス屋で売り子のバイト」
 米田さんがサクラさんに確認の目線を送る。サクラさんがうなづく。あの子がかわいらしい制服を着てアイス売っているところを想像すると、なかなか笑ってしまう。
 アイス屋、夏だし忙しそうだ。
「三人であの部屋か。エアコンは空気が循環してたんだろうな。ギター弾いたり歌ったりしたら酸素使いそうですね」
「そう、二酸化炭素は空気より重いっていうしねえ」
「なるほど。そうですね、それだ。事故死だ。二酸化炭素がベッドより下にたまって、床に寝ていたギターの子だけ二酸化炭素中毒になった」
「そんなことあるんですかね」
 相坊がトイレから復活した。
「お前、聞いてたの?エアコンつけて何時間もギター弾いて歌って、女の子もやってきて、二酸化炭素たまるだろ。防音室で密閉性高いんだし」
「それならもっといっぱい二酸化炭素中毒で人が死にそうですけど」
「よし、じゃあ明日実験するか」
「げっ」
二酸化炭素の濃度を測る機械を用意しとけよ」

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