(ブログ連載小説)幻のドーナツ #3

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3.取り調べもできないんじゃ、仕方ないな
「手錠をはずしてくれ」
「え?大蔵さんカギもってないんですか?」
「自分でもってるんだっけ?」
「そうですよ」
 相坊はポケットから自分のカギをつまみ出してチャラチャラと振ってみせる。
「じゃあ、それ貸してくれ。って外れないじゃないか」
「なんでですか。外れるはずですよ」
 鍵穴に鍵ははいるのだ、すこしゆがんでしまっているけれど、むしろ鍵穴が広がっている。でも、鍵をまわそうとしてもまわらない、反対にまわそうとしても無理だ。
「ほら」
「ほらって、なんかいびつになっちゃってますね。怒られますよ」
「おれのせいじゃないだろ。ちゃんと仕事した結果がこれなんだから、怒られるってのは承服しかねる」
 大蔵は自分に手抜かりはなかったと点検した。
「むしろアルミなんかにしたのがいけないだろ。だからゆがんじゃったんだ」
「まえはちがったんですか?」
「まえは鋼鉄製のごつくて、ゾウがのっても大丈夫な筆箱くらい堅牢強固だったんだ」
「筆箱ってなんです?」
「筆箱使わなかったのか?」
「ペンケースのことですか」
「お前ね、よくないよ?なんでも横文字を使って大人を煙に巻こうとするのは」
「おれだって、大人ですよ」
「そんなことより、どうするんだこれ」
「ねえ、こっちだけでいいからはずしてくれませんか」
 被疑者がしびれをきらしてしまったようだ。気が短い被疑者だ。どれ。
「無理みたい。こっちもゆがんじゃって鍵まわらないや」
「やめてくださいよ。手錠なんていつまでもはめられていたくないんですけど」
「そう?せっかくだからはめておいたらいいじゃないですか。なかなかないですよ?」
「手錠なんて一生はめられたくなんかありませんから」
 相坊と顔を見合わせる。まあ、確かに。
「ちょっと副署長に相談してみてくれ」
「課長じゃないんですか?」
「課長はクール教の信者だからな。ロクなことにならない」
「はあ、じゃあ。その間に取り調べ進めててください」
「取り調べは手錠はずさないとできないよ」
「そうなんでしたっけ」
「手錠をはずさずに話したことは任意性がないとされて裁判で負ける。検事に殺されることになる」
「うへー。いえ、知ってましたけどね。ちょっと大蔵さんを試しただけです」
「負け惜しみはいいから、行ってこい」
 相坊が取調室をでてゆく。
「すみませんね、バタバタして」
「本当ですよ、勘弁してもらいたい」
 ご立腹の様子。もとはといえば、ドアを勢いよく開けてドアノブが直撃したり、激突してきたうえに倒れ込んだりといったことが原因で手錠がゆがんだのだから、被疑者の責任のほうが大きいはずだ。
「それで、なんで逃げたんですか。逃げ切れるわけないのに」
「警察じゃないと思ったんですよ」
「なにと勘違いしたんですか」
「借金取り」
「借金してるんですか」
「しょうがないでしょう、無職で貯金もないんだから」
生活保護は?」
「申請しても無駄とかいわれて申請させてくれないんです」
「はあ?そんなわけないでしょう。おカネがなければ生活保護の対象のはずですよ」
「あれです。水際作戦」
「水際作戦?本当に?テレビだけのことかと思ってた」
「若いんだから贅沢言わなきゃ仕事なんかいくらでもあるだろっていうんです」
「そうなの?仕事がなくて公務員人気がずっと高いって聞くけど」
「その通りです。つまり仕事につかないのは贅沢をいってるんだってことなんです」
「はあ。でも、その人にあった仕事ってあると思うけど。向かない仕事についても続かなくて元の木阿弥になりそう」
「そうなんです。刑事さんが窓口の人だったいいんですけどね。窓口の人も上司に言われて拒絶してるんでしょうけど。ひどいもんですよ、この町の行政は」
「じゃあ、弁護士と行ったら?」
「弁護士を雇う金なんかありませんよ」
「まあ、そうですよね。弁護士だってタダじゃない。じゃあ、弁護士に見える友達とか」
「そんなの通用しますか?」
「さあって、これから起訴して裁判して刑務所に行こうって人間が生活保護の心配なんてしなくていいんだった」
「行きませんよ、刑務所なんか」
「行かないって言われても、裁判所で判決もらって収監しちゃうんですけど」
「起訴するんですか」
「しますよ」
「犯人じゃないのに?冤罪ですか」
「またまた、犯人でしょ?」
「だいたいなんの容疑ですか」
「逮捕状見せましたよ?って、ちゃんと見てなかったのか」
 もう一度逮捕状を机に広げて見せる。右手が手錠で被疑者とつながっているから邪魔くさい。

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