「すべてがFになる」は、密室トリックがすごい。

9回目の推敲が終わりました。

もういいかげん飽きてきました。

まだ道なかばですけれど。

 

森博嗣「すべてがFになる」の九乃版を考えているのですけれど、だんだん考えがそれていってるようです。

密室トリックがすごいのですけれど、そうはならなそうです。

「すべて」の密室トリックがすごいということがあまり広く認識されていないように思います。

理系ミステリ、あたらしいミステリ、みたいな認識なのでしょうか。

わたしからすると、密室トリックがすごいし、そこからあらゆることが導き出されて小説が構成されているところがすごいと思うのですけれど。

10年以上密室で暮らしている人がいるわけです。

密室に犯人をどうやっていれるかって、すごい謎じゃないですか。

密室が壊れて死体が出てくるまで、ずっと密室のままなのです。

密室から犯人をだすトリックが小説の第2の核ですけれど、それも犯人をどうやって密室にいれるかのトリックから必然的に決まるわけです。

だから、本当は小説の核はひとつといっていいかもしれません。