(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #6

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6.氷にはこだわります
 メイドの女の子は、メイド服に着替えてきて、キッチンに案内してくれた。家庭の台所と言うより、レストランの厨房の雰囲気だ。
 台にヤカンを置く。ヤカンは喫茶店で使っている縦に長いものだ。それに、ペットボトルの水を冷蔵庫から出してきた。最後に踏み台。大人用のキッチンは小学生にはまだ高すぎる。踏み台にあがって、ペットボトルの水をヤカンに注ぐ。
「水道水がいいっていう人もいるのですけど、わたしはミネラルウォーターを使います。塩素のせいか、飲んだときに喉がイガイガになってしまうから。ミネラルウォーターなら、ツルツルです」
「ふーん」
 大蔵の妻は水道水派だ。二分くらい沸かしっぱなしにする。
 ティーポットに茶葉をいれ、沸かしたお湯を注ぐ。これは普通。ポットにティーコジーをかぶせる人は少ないかもしれない。
「このあいだに氷を用意します」
「氷?」
「アイスティーですの」
「昨日も?」
「そうですよ?」
「ああ、あの部屋けっこうあったかいですね」
「天気のいい日は暑いくらいですわ?」
「それでアイスティーか。いいですね」
「はい」
 一般家庭にはキューブアイスメイカーはないだろうけれど、扉を開けて専用のスコップでコーヒーサーバーみたいな容器に氷を入れる。グラスを出してきて、今度は別のハイテク機械みたいなものから容器を取り出す。
「それは?」
「氷です。ほら」
 ひとつ取り出して、指でつまみ見せてくれる。怖ろしく透明な氷だ。スジひとつない。
「さっきの氷とどうちがうんですか」
「こっちのは、透明で、硬いかな。グラスにいれるのはこっちの氷です」
 見た目がよいのは確かだ。
「この機械は、透明な氷を作る専用なんですか?」
「これは恒温器というもので、設定した温度で室内を一定温度に保ってくれるのですわ?」
「はあ、この液晶の表示の温度ってことか。温度を設定できると」
「そうです。マイナス五度で丸一日くらいかけて凍らせます」
「そんなに時間かかるんだ」
「室温がマイナス五度ですけれど、水はすこしづつ冷えていくし、凍っていくあいだもずっと冷やしていかないといけないのですわ?」
「へー。ゆっくり凍らせるから透明なんですか?」
「不純物がありませんの」
「やっぱり水道水じゃない」
「氷は蒸留水を使っています」
「蒸留水って、理科の実験でしか使ったことないですよ。まずくないですか」
「味は関係ありません。見た目の透明感と、硬さ、溶けにくさです」
「溶けにくいんですね」
「氷は不純物のところから溶けはじめます」
「なるほど」
 メンドクサイ。
「ときどき、水をかえてあげることも大切です」
「は?氷の?」
「そうです。どうしても気体が溶け込んでしまいますから、水が凍ってゆくと、気体の割合が増えてしまうのです。容器に接しているところから氷の結晶が成長するから、容器を逆さにして水を抜き、蒸留水をたします」
 メンドクサイどころではなかった。苦行といていいレベルだ。で、できあがるのが氷なのだ。どうかしている。
 砂時計の砂が落ちきった。茶こしでこして、紅茶をコーヒーサーバーに注ぎ入れる。氷が割れる音が涼しい。厨房はヒンヤリしている。
「そうだ、炭酸にします?」
「は?」

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