(ブログ連載小説)幻のドーナツ #4

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4.副署長、女性です
「大蔵さん、行ってきました」
「で、なんだって?」
「大蔵の手首切り落とせって。それでとりあえず被疑者は帰せだそうですよ」
「うそ。まじで?」
「冗談だと思いますけど」
「だよね。だよね。うん、それで?」
「それだけです」
「お前ね、首絞めるよ」
「冗談ですよ。装備課の人がきてくれることになったみたいです」
「なるほど、手錠だからな。装備課か。さすが副署長、あざやかに解決」
「大蔵さんですか」
 音もなくドアが開いていて、制服の女性が立ちはだかっている。なんだろう、警察の女性ってみんなオニでも殺しそうな人ばかりなんだろうか。教育ママ然としたメガネをかけたとがった印象の女性だ。
「はい、大蔵です」
 手を挙げようとして、手錠でつながった被疑者の手で阻止されてしまった。
 コツコツを靴を鳴らして手錠をむんずとつかみ凝視する。
「たしかにゆがんでますね」
 江戸時代に罪人を拷問にかけていた役人のような目で大蔵を見下ろす。ちがうんですと叫びだしたい気持ちをぐっとガマンする。
「貸与物をこんなふうにされると困るんですよね」
 そんなこといったって、おれのせいじゃないんだから。言い訳は喉元でとまって、国境を出られない。
 ガシャンと音をさせて工具箱をデスクに置き、中から電動ノコギリを取り出す。コードをコンセントにつなぎ電源オン。すごく凶暴な音が狭い取調室に充満する。
 やっぱり手首を切り落とす気だ。
「ちょーっと待ってください」
 電動ノコギリを振りかぶって、手首でも首でも胴でもぶった切る気満々でいる装備課の女性を被疑者と一緒になって必死に押しとどめる。ノコギリの電源が切られる。
「なんですか、わたし忙しいんですけど」
「ごめんなさい。でも、いまなにしようとしました?」
「電動ノコギリで手錠を切ろうかと」
「手錠は手首にはまっているのですけど」
「見ればわかります」
「ちょっとずれたり、切り離したときの勢いとかで手首が巻き添えになる心配があるんですけど」
「わたしの腕を信用してください」
「よく、こんなことあるんですか?」
「はじめてですよ、こんなバカなことをする人は」
「信用できるわけないじゃないですか」
「じゃあ、どうするんですか」
「もうちょっと穏当な道具がないんですかね。こう、グッと行っちゃってもスパッと行かないような」
「人が援助の手を差し伸べているのに、贅沢ですね」
「す、すみません。贅沢を言ってすみません。なにか手動の道具でお願いします」
「仕方ないですね、じゃあ、帰りにでもホームセンターで糸ノコ買いますよ」
「いまないんですか?」
「女性に手で金属を切れなんて言う人間が地球上に生息しているとは思わなかったので」

「ごめんなさい。女性に手で金属切れって言ってすみません。いえ、実際に切るのは相坊にやらせます。そこは任せてください」
「仕方ないですね」
 ふうとため息をひとつついて、工具をしまい、去ってしまった。
 大蔵は被疑者と、助かりましたねと戦友のような気分で視線を交わした。おい、それでこれどうするの?と相坊に目線を送った。知りませんよと返事が返ってきた。

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