経営学的、ベストセラーの作り方

ベストセラーとはなにか

 ベストセラーというのは、ここでは、いっぱい売れたということです。小説の話をしたいのですから、九乃の頭の中では小説を想定していますけれど、他の工業製品なんかでも同じことがいえる場合が多いと思います。このあと、例として電化製品を取り上げますよ。
 いっぱい売れたと書きましたけれど、どのくらいでしょうね、いっぱい。それは、わかりません。昔だったら小説で100万部とかだったと思いますけれど、いまではないでしょうね。時代によってかわるということで。相対的にいっぱい売れた商品をベストセラーということにします。

どうやって考えるか

 九乃は経営コンサルタントをやっていましたから、また九乃の設定を追加しました、経営学的に考えます。

マスマーケットで売る

 マスマーケットというのは、いまでは狙っちゃいけないみたいになっています、マーケティングの業界では。相当な大企業で、コモディティ商品を売る場合くらいじゃないでしょうか。多くの場合、マーケットをセグメントにわけて、ターゲット・マーケティングをしろといわれます。あるいは、マス・カスタマイズですね。おっと、そんな話はどうでもよいのです。
 マスマーケットです。つまり、大衆ですから、お客さんを区別しないのです。婦人服なら女性がターゲットになります。これは、アパレルのマーケットを男性と女性というセグメントにわけています。アパレルの場合は、男も女も相手にする、ユニセックスな服がマスマーケットで売れる商品ということになります。相対的な話ですから、婦人服の中でも若者向けとかで分けた場合には、婦人服全体がマスマーケットです。

 小説の場合は、日本語の小説なら、日本語が読める人全員をひっくるめてひとつのマスマーケットと思えばよいでしょう。
 マスマーケットで売れることがベストセラーには必要です。

どんなものを売るか

 マスマーケットで売れるものを作らなければいけないという話になりました。電化製品で考えてみましょうか。
 マスマーケットで売ることを考えれば、マニアックなものはいけません。一万人にひとりくらいしか欲しがらない機能をつけた電化製品はマスマーケットで売ろうとしてはいけません。
 みんなが欲しい機能ですね、掃除機、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、そんな感じです。高級オーディオなんて、どんなにお買い得な商品でも、欲しがる人はほっとんどいません。わかりやすい例です。
 それから、なにか特別なあたらしい機能の電化製品もマスマーケット向きではありません。マイクロソフトのホローレンズなんて、普通の人は名前もしらないでしょう。三十万円も出してほしがる人がいるのですね。日本は他の国に比べてほしがる人が多いみたいですけれど。マニアックですね。マニアックといっても、知られていないだけで、ホローレンズのことを知れば、欲しいと思う人は多いかと思います。新しいから高いし、使いにくいし、知られていない、よって、売れない、ダメなんですね。
 アイホンはあたらしいけど、マスマーケットで売れているじゃないかという怒声が聞こえてきました。幻聴でしょうか。初代アイホンは2007年に発売開始したようです。610万台売れたのだとか。
 でもですね、アイホンはたいして新しくないと、九乃は言ってしまいます。ケータイがありましたね。カメラがついて、メールができて、インターネットにもつながりました。みんな当たり前にもっていました。タッチパネルももともとありました。組み込みのリナックスがあったし、アイホン以前のスマホブラックベリーなんていうのがありました。アイポッドで音楽を聴く人が大勢いました。
 アイホンは、すでによく知られている、当り前のものをあつめてポンとつくったようなものです。あたらしいのはデザインとUIでしょう。ソフトウェア・キーボードにして使わないときは消えるとか。

 つまり、初代掃除機とか、初代洗濯機とかが、スマホの初代アイホンにあたると思えばよいのです。掃除機も洗濯機も、モーターだけあればよかったのがスマホとちがうところです。
 日本の企業にアイホンが開発できなかった理由はなんでしょう。ソフトウェアパワーがなかったからですね。ハードばかりに重点を置いてソフトを軽視していたから、OSを開発できず、いまの状況があります。だって、アイホンのあと出てきたのはアンドロイドですよ?アメリカ製です。日本製のOSが二番手にきてもよいところじゃないですか。日本企業は、自社で開発するのは無理と判断して、開発に手も付けなかったのかもしれませんけれど。奴隷根性とでもいうべきです。
 アイホン以前にケータイが普及していたのが大きいでしょう。アイホンがどんなものか、すぐにピンときましたよね。ホローレンズを渡されても、頭にセットするくらいはできるでしょうけれど、どうやって使ったらいいか、何に使っていいか、わかる人はすくなそうです。アイホンが新しくなかったことがわかります。
 話がかなりそれましたけれど、みんながよく知っている、普通のあたりまえな商品を売る必要がありますというお話でした。

小説家は製品の設計開発を請け負っている

 小説の話をしましょう。例によって、九乃は小説について素人でありますし、正直言って、書いても誰も読んでくれません。でも、そんなことは関係ありません。ベストセラーについて考えるときに必要なのは、知識であり、理解であり、思考であるからです。
 小説家という人は、出版社から依頼を受けて小説を書き、小説の著作権使用許可をすることで、出版社から著作権使用料をもらうという商売です。
 製造業に例えるなら、受注生産、特に特注生産です。一度注文があって、設計開発したら、つぎの注文ではまた設計開発をやりなおす方式です。
 設計、開発という言葉を使いました。小説でいうと、プロットと本文に当たると思います。
 技術力のない企業には、注文主が設計書を提供したり、技術提供したりして生産させることがあります。新人小説家に編集者が指導するみたいな感じじゃないですか、似ています。一人前の小説家なら、編集者に口出しされなくなるように、技術力が高まれば、自社設計、自社開発で生産して、注文主に納品するようになります。

どんなものを売るか:小説編

 電化製品でどんなものを売ればいいか書きました。電化製品で考えたことを小説に適用する番です。
 マニアックなものはダメでした。あたらしいものもダメでした。つまり、みんなよく知っている、なじみのある、そんな機能の小説を書く必要があります。
 抽象的にはそんな説明になります。では、桃太郎でも書けばいいのかって話になりますけれど。そんなに結論を急いではいけません。

抽象論の取り扱い

 抽象的な話というのは、一般的なものです。一般的というのは、適用範囲が広いということです。便利なんですね。具体的な話をしたらくどくどといつまでたっても終わらないことでも、抽象的にすると一言で済んでしまったりします。
(具体的)月曜日は、起きて会社に行って、帰ってきて飯食って寝ました。火曜日は以下同文。
(抽象的)一週間なにもかわったことはありませんでした。
 これだけで抽象的な話の威力がわかるというものです。
 アマゾンで専門書をレビューしている人がいますね。中には、具体的な話がなくて使えないと書いている人がいたりします。理論の書いてある本だと商品説明があるのにです。
 理論というのは、抽象的ですから、一般的で適用範囲が広いのですね。理解すれば多くの具体的場合について有効に使えるわけです。理論を学ぶ理由です。
 具体的なことが書かれている場合は、その具体的場合ひとつに限ったことに適用できるだけです。洗濯機について書かれていることは、エアコンには役に立たないでしょう。理論は適用範囲が広いのですから、電気回路や電子部品について書かれていることは、多くの電化製品に有用であると思われます。わたくしは知りませんけれど。
 理論を具体に適用すればよいのです。ひとつひとつ具体的なものを学ぶのは効率が悪いですね。いま経営学を小説に適用しているように、抽象的なもの、理論的なものを学び理解して、運用すれば効率的です。
 学校でやっている教育は、だから、抽象的、理論的なものを学ぶ準備をしているのですね。はじめから抽象的、理論的なものは学べません。理解するための準備が必要なのです。具体的なものは理解しやすいのですから、具体的なものを学び、徐々に抽象度を高め、理論にはいってゆくわけです。
 小学校で算数を学びますけれど、はじめはリンゴやミカンをつかって具体的に考えました。中学校、高校でで文字式や関数やベクトルや行列やなんかを学びます。かなり抽象的になっています。長い準備期間を経て、大学では理論を学びます。高校ではまだ抽象度がひくく、大学で学ぶ理論の具体例でしかないのですね。具体的ですから、理解しやすい。教科書を読んで理解できなことは書いてありません。高校の数学でむづかしいのは、問題を解くことなのです。
 また話が横道にそれました。
 理論から具体的な場合を導くのは、理解力や思考力といった能力ですから、能力がなければ使えません。残念、上に書いたレビューの人は、専門書の対象読者ではなかったということです。もっと勉強してから読みましょうと、ほかのレビュアーの人は思ったことでしょう。

抽象から具体へ

 みんなよく知っている、なじみのある、そういう小説がベストセラーの条件でした。この抽象的な条件から具体的な条件をはじきださなければ、ベストセラーは生みだせません。どうしたらよいでしょう。
 はい、カンニングしましょう。
 これはテストではありませんから、カンニング、大いに結構ではないですか。直近のベストセラーといったら、「君の名は」ではないですか?古いですか?ほかにベストセラー思いつきませんけれど。
 「君の名は」は映画でした。小説にもなっていますけれど、もとは映画だったと思います。まあ、小説のお隣さんということで、同じエンタメじゃないですか。「君の名は」から、ベストセラーの具体的な条件を探ることにしましょう。
 「君の名は」はなにも新しくないですね。怒られますかね。組紐と口噛み酒が、あまりメジャーではないくらいだと思います。もやしもんを知っていたりしますか?
 男女の入れ替わりなんて、やりつくされすぎて、ちょっとやりづらい感じですよね。カクヨムに投稿するならまだしも、大金を費やして映画にするにはちょっと腰が引けそうです。
 それから、「イル・マーレ」という韓国映画で、ハリウッドでリメイクされたのを使っていました。「イル・マーレ」は手紙でしたけれど、「君の名は」はスマホのアプリ、ラインでしたっけ、メールじゃなかった気がします。忘れました。実は、やりとりしているふたりの時間がずれていたわけですよね、「イル・マーレ」と同じです。
 時間をずらすストーリー上の必要があったのは、死んでしまう相手を助けるためでした。ちがったかも?だいたい同じです。
 過去が改変されて、記憶がなくなるというのも、既視感が強い。なにで使われていたかと聞かれると、なんでしたっけとなりますけれど。主人公だけ都合よく記憶が残っていて、周囲の人はみんな記憶が改変されているなんてのは、ありがちです。「君の名は」は当事者ふたりも記憶がなくなって、「君の名は」になるわけですけれど。
 記憶がなくても、なんだかひかれあってくっついてハッピーエンドというのも、新しいって感じませんから、ありがちなのでしょう。記憶を失った人に呼びかけたら、記憶は蘇らないけど、行動にあらわれるみたいなものは、腐ってますね、物語アーカイブで。
 「君の名は」が、みんなよく知っている、なじみのある設定ストーリーでできあがっていることがわかりました。いえ、パクッてるとか、つまらないとか言っているのではありません。おもしろいのです。面白いから評判になって売れたのです。みんなよく知ってる、なじみのあるものを使っているのであって、パクッたわけではありません。
 具体的方法は、自分の好きな設定やストーリーをくっつければよいとまとめられますか?設定やストーリーの選択基準に、みんなよく知ってる、なじみがあるという点が重要です。

マスマーケットの正体

 マスマーケットで売る、売れる条件を考えてきました。小説でいえば、できあいの設定やストーリーを組み合わせて面白いものをつくればよいとまとめました。
 なぜそうなるのでしょう。それは、マスマーケットの性質です。マス、つまり大衆ですから、大衆受けするものを考えてきたことになります。こういうのは、どっちでしたっけ、最大公約数的?最小公倍数的?つまり、あたりさわりのないものである必要があるから、マニアックではダメなのですね。誰にでもわかりやすい、楽しみやすいものでないといけません。そういうものは、過去繰り返し使われているものですから、新しいことを考える必要はありません。新鮮味のあるものは、古臭いものを楽しむための飾り程度に押さえなければなりません。「君の名は」の組紐や口噛み酒みたいにですね。
 ベタなくらい、わかりやすくないといけません。それがマスマーケットです。

結論

 では、簡単なことなのでしょうか、ベストセラーを作るというのは。そんなわけありませんね。毎年ベストセラー連発なんてことになっていないのが証拠です。実は、ベストセラーの作り方に答えはありません。答えがないから、ベストセラーがない。わかりきったことです。
 ただ、必要なことはいくつかわかっていて、いままで述べてきたことです。さらに付け加えるなら、みんなよく知っている、なじみのある設定ストーリーをまとめる、テーマのようなものが重要かもしれません。これは、使い回しをすると古臭くていかんとなりそうです。
 「君の名は」のテーマってなんでしょうね。はっきりわかりません。なにかドキドキわくわくですか?彗星かなにか落ちてきます。そして、記憶を失ってゆく。あの緊迫感のために全部が配置されているのでしょう。あれ?彗星が落ちてくるドキドキってありませんか?いいんですけれど。

どんでん返し

 どんでん返しと書いてどんでん返しをする人はいないと思いますけれど。実は、小説の業界にマスマーケットなんて、ありません。
 例外はありそうです。村上春樹というマーケットはマスマーケットかもしれません。あるいは、直木賞芥川賞。あれもマスマーケットかもしれません。けれど、村上春樹以外の小説家や、受賞者以外の小説家には存在しないものです。村上春樹の本を買う人みんなが、誰かほかの作者の本を買うなんてことは、ありません。そういうことです。
 小説読む人がどれだけいるのですか?学生は勉強に、友達付き合いに、ゲームに、就活に大忙しです。社会人は安月給でこき使われて虫の息です。引退した人たちは、目が悪くて本なんて読みません。ぼけっとテレビを見ています。
 小説を読むというだけで、マニアックです。小説を書くようになるまで、ほとんど小説を読まなかった九乃が言うのですから、間違いありません。
 小説を読む人は少なく、ごくごく一部の小説家をのぞいて、マスマーケットは存在しません。ということは、みんなよく知っている、なじみのある設定ストーリーで、わっかりやすくて、ドキドキわくわくなんて小説を書いても、バカにされるだけです。マニアは大衆向けのものをバカにしますから。
 経営学的に言うと、小説の場合必要なのは、結局、自分に合ったニッチに向けて、マニアックな小説を書くことだと、九乃はちゃぶだいをひっくり返します。