かけ算の順序問題について、九乃が答えましょう

なぜかけ算の順序?

 わたくし九乃は、数学をかじっていたこともあって、かけ算の順序が世間で話題になっていることに以前から関心をもっていました。小学二年生で習う内容であるため、大勢の素人さんが一家言お持ちなのもよくわかります。わたくしはプロではありませんけれど、セミプロくらいかなと自己評価したりしています。
 主にツイッターで情報収集して気になった内容を取り上げ、九乃がどう考えるかを示してゆこうと思います。「九乃が」というより、数学的にはどういうことかという話ですけれど。

対象年齢

 これから記すことは、いまかけ算を学習している小学生に向けるものではありません。高校を卒業したくらいから上の大人を想定しています。もし、小学生が読もうというのであれば、大人と一緒に読むとよいでしょう。

かけ算とは、正の整数の積である

 話をはじめるまえに、これから用いる用語について約束しましょう。読者は高校までの数学を学習したという前提ですから、かけ算というのは違和感があるでしょう。「積」と呼びましょう。それから、ふたつの整数をかけたものを積と言いますから、「かける」という用語は使います。積というのは、演算の一種です。「演算」も使うでしょう。
 たし算についても同様に、「たす」、「和」という用語も使うのではないかと思います。
 整数は大丈夫ですね。小学二年生の範囲ですから、正の整数を扱います。「整数」と書いてあっても、それは正の整数のことだなと思ってください。

かけ算の定義

 はじめは定義ですね。数学っぽい。正の整数の積はつぎのように定義します。2×3の場合ですけれど。
2×3=2+2+2
と、こんな感じで、2を3個足したものです。これはちがうという人はあまりいないと思いますけれど、ここでは上記のように定義しますので、文句を言ってもしかたありません。定義を受け入れないならば、以降の話に進めませんから。

文章題は数学の応用

 かけ算の順序が問題とされるのは、文章題です。文章を読んで問題に答える、よくあるやつですね。3個のカゴに2個づつみかんがのっています、全部で何個?式を書いて答えましょうみたいな。
 2×3が正解だけれど、3×2は不正解だという教師がいて話題になっているわけです。かけ算の順序問題とは、このことです。

 つぎに、文章問題は数学そのものではなく数学の応用だということを述べます。

現実を数学モデルで解く

 数学の対象はみかんやカゴではありません。ここでいえば、整数です。また、整数の積という演算です。逆に、現実にはみかんやカゴはありますけれど、2や3はありません。
 どういうことかというと、現実を数学モデルにうつして考え、得られた結果をまた現実にもどすことによって問題を解いているということです。数学の応用というのは、このことです。
 3個のカゴに2個づつみかんがのっているのが現実です。2個のみかんを整数の2でモデル化します。3個のカゴは、2が3個とみなすのです。合計を得るために2を3個たします。
2+2+2=2×3
ですね。これで現実が数学モデルとしてあらわされたことになります。現実にもどすと、答えは、みかんは全部で2×3個です。

式であり整数

 上で2×3個という書き方をしました。間違っていると思った人もいるかもしれません。2×3は式であり、積であるわけです。ややこしいですかね。
2×3は整数です。
と、かように九乃は言っているのです。整数の積が整数であるということは、重要な性質です。大学で数学を専門にしなかった人にはなじみがないかと思いますけれど、整数は積演算で閉じているというやつです。

イコールは等号である

 ここで等号について見直してみましょう。等号、イコール、=。これは右辺と左辺が同じですよということをあらわします。さあ、満を持して書きましょう。
2×3=6
はい、2×3という積である整数は、6という整数と同じです。同じだから区別はありません。
 小学校の算数では、
2×3=
というのが計算問題で出てきますから、
2×3=6
を見ると、2×3をという問題を解いて出た答えが6だと勘違いしてしまいがちです。それでは、
6=2×3
と書いたら混乱してしまいそうですね。
6=2×?
の?を求める問題の答えが3とでも思うのかもしれません。どちらにしても違います。2×3という整数は6という整数と同じですということをあらわしているのです。ここでは問題はありませんから、答えというものもありません。もちろん、右と左の区別もありません。左から右へというような流れを想定するのは妄想です。
 2×3を計算した結果が6だと思ってしまう人、小学校を卒業しましょう。

この世に偶然などないのだよ

 はじめにおいおいと思ったかけざん順序論争。それは、
偶然答えがあっていただけ。
という文句。はじめ、2と3という数字が問題文にあらわれたから、かけてみただけだろという意味かと思ったのですけれど、ちがったのです。こういうことでした。
かけ算の順序をかえても偶然答えがあっていただけ。
という意味だったのです。驚愕しました。かけ算の順序が逆になると答えがかわることがあるとでも思っているのかといぶかってしまいます。

交換法則

 整数の積には交換法則が成り立ちます。これは負の整数を含めても成り立ちますし、有理数、実数と範囲を広げても成り立ちます。法則ですから、どんな整数をもってきても成り立ちます。
2×3=3×2
これが、3や2ではなく、どんな整数の組み合わせでも成立するというのが、交換法則です。

 整数の積で交換法則がなりたつというのは定理であり、証明を要することではありますけれど、ここでは証明しません。数学的帰納法を使ってなんて言い出すと話がむづかしくなりますからね。九九の範囲で成り立つこと、どんな整数でも九九を使って積を求められることを考え合わせれば不思議ではありませんし、ほとんどの大人は証明されなくても、そういうものだと飲み込んでしまっていることでしょう。

数学モデルと式の意味

 ここまでくると、九乃の立場はおわかりでしょう。かけ算の順序を問題にすることは間違っているというのが、九乃の考えです。数学的にはそれしかないのですけれど。
 偶然で片付けてしまうおっちょこちょいの次に取り上げるのは、
式には意味がある。かけ算の順序をかえると意味がかわってしまう。
という意見です。なんにでも意味を見出してしまう信心深い人が日本人には多いのかもしれません。そういえば、海外でもかけ算の順序を問題にする人がいるそうですから、日本に固有の話ではないようです。
 では、式の意味ですけれど、
そんなものはない
と、言っておきましょう。あるのは積の定義であり、積は整数であるという事実です。とはいえ、小学校の教員に人気の考え方のようですから、そこを忖度してもう少し考えてみましょう。

式の意味を掘り下げる

 3個のカゴに2個づつみかんがのっているという現実がありました。数学モデル化するとき、2×3としましたね。これを間違っているという人はいないようです。

 3×2と数学モデル化すると間違っていると言い出す人があらわれます。こういう人は、自分が現実の問題を数学モデルで解決しようとしている意識が薄いのではないかと思われます。なんとなれば、数学モデル化するにあたって、2×3とするやり方も、3×2とするやり方もどっちもあってよいからです。
 3×2では、みかんが3個づつでカゴが2個になるという人、頭がかたいというか、どうしてしまったのでしょう。2×3にみかんもカゴもありません。あるのは問題文の方です。現実の方です。問題文にカゴが3個と書いてあれば、2×3だろうと3×2だろうと、カゴは3個なのです。それが数学モデルの利用の仕方です。
 詳しく見て見ましょう。
 3個のカゴに2個づつのみかんでした。数学モデル化すると
2+2+2=2×3
とできます。積の定義を使っていますね。ここで、整数の積の交換法則を考慮すると、
2+2+2=3×2
でもあるわけです。さらに、数学モデル化に当たって
3+3=3×2
としてもオッケーです。

 なぜでしょうか。整数の積に交換法則が成り立つからですね。
2+2+2
とあらわせるものは、見方をかえれば
3+3
ともあらわせるということを交換法則が保証しているのです。
 長方形の面積を縦×横と定義しても長方形を90度回転すれば縦が横になり横が縦になります。同じことです。

 2個のみかんのカゴが3個あるという見方(2+2+2)もあれば、3個のカゴがあって、そこに3個のみかんを2回配った(3+3)という見方もできるのです。

 見方をかえることを許さないというのは頭がかたいというか、なんでしょう、その頑なさは。根拠のない頑固というべきですね。

同値ということ

 数学のモデル化がひと通りに限らないことを書きました。整数の積の交換法則が重要な役割を果たしてくれました。もっと根本まで掘ってみましょう。
 整数の積を
2×3=2+2+2
と定義しました。今度は、
2×3=3+3
と定義しましょう。そんなのありかって?定義というのはそういうものです。ここでのお約束です。もとの定義とくらべて不都合が起こらなければ、その定義はアリということになります。
 さて、新しい定義においても交換法則が成り立ちます。証明を逆向きにたどればいいのですから。数学では、このように一言で証明できる場合「自明」と簡単にすませます。メンドクサイ証明を省略するために「自明」を使うのは誤用であり、数学の世界の人はそういう使い方をしません。たいていは、「定義から明らか」を省略して「自明」というようです。
 閑話休題
 新しい定義での交換法則でした。2×3=3×2ですから、
3×2=3+3
と、ただちに元の定義が導かれます。こういうのを同値な定義といいます。つまり、どっちで定義しても同じことですよってわけですね。
2×3=2+2+2
3×2=2+2+2
2+2+2=3+3
まとめると、こんなことになります。整数の積の定義までさかのぼっても、かけ算の順序を問題とする根拠はないということを述べました。式の意味という謎の言葉の出現する余地はありません。

小学校を卒業しましょう

 中学校では文字式を学習します。整数 a と b の積 ab というのもやります。ab というのは、a×b のことですね。記号を省略しています。23 と書いたら22のつぎの整数ですけれど、文字式の場合はaaのつぎの整数なんてことがないから、記号を省略するのが便利なのです。
 交換法則は、任意の整数 a,b に対して
ab=ba
が成り立つ。と書けます。ここでもちろんabは整数です。

 中学の証明問題なんかで、整数nとか、整数n-1とか、整数n(n-1)とか書くのと同じです。整数の積は整数です。文字式であり整数であるわけですね。

 a個のみかんがのったカゴがb個あるときのみかんの総数をもとめよという問題を考えましょう。ab個ですね。いや、ba個だなんていう人は、いますか?中学校ではアルファベット順に文字を並べるのがひとつの基準です。単に整理しやすいとか見やすいとかいう都合で成り立っている基準ですから、厳格なものではありません。
 数学の応用分野、たとえば物理なんかでは、f=maという式があります。アルファベット順じゃないですね。こういうのは慣用的なものなので、いやf=amと書かなければ間違いだなんていう人はいないわけです。むしろ気持ち悪いと感じる人が多いでしょう。
 数学の話にもどります。小学校ではbaと書かなければ間違いだと言う人がいそうだけれど、中学になるとabが正しいということになります。小学校で間違い扱いされたものが、今度は逆になるのですね。子供が混乱しそうです。
 小学校では、はっきりかけ算の順序を問題にすることがおかしいと習わないのですかね。だから、大人になって、あるいは小学校教師になって、かけ算の順番がどうこうという人がいるということなのでしょう。小学校でそこまで踏み込んで教えてくれればよいのですけれど。小学校教育というのはおかしなことがあふれていますから、かけ算の順序の話だけの問題ではありません。

本当のかけ算の順序とはこういうもの

 本当にかけ算の順序が問題になる数学的対象もあります。たとえば行列の積ですね。高校レベルの数学です。

 行列の場合、行数と列数があってなくてはいけなかったりもしますし、ややこしいですね。そう、行列の積で順番をかえたものは一般的には等しくありません。順番をかえたら積が存在しなくなることまであるのです。
 順番が問題になる積の場合、右からかけるとか、左からかけるとかいいます。順番を指定しなければいけないからですね。
 もちろん、整数の積の場合に右からとか左からとか言うことはありません。かけ算の順番を問題にする人でも、本当は順番を気にしているのではないのでしょう。もっと別のなにか、自分の思い込みとか、自分が習ったことが正しいのだというプライドみたいな?知りませんけれど。

受け入れられること、受け入れられないこと

 かけ算の順序を問題にするのは間違っていると述べてきました。ここでは数学的に受け入れられるのはどういうことか、書いておきましょう。
・2×3=2+2+2
これは定義どおりですから、かけ算の導入として正しい。
・3個のカゴに2個づつのみかんの総数は2×3=6個
数学モデルを用いて正しく問題を解決しています。
 このくらいでしょうか。正しいことはオッケー、間違ったことはバッド。それだけのことです。

 では、バッドなものもあげておきます。
・2×3は3個のカゴに2個づつみかんがのっているということ、それが式の意味。
これは逆です。3個のカゴに2個づつみかんがのっている状況を2×3でモデル化したのです。2×3からカゴの数やみかんの数を取り出すことはまちがっています。2×3は数学の世界ですからね。式に意味はありません。定義があります。
・3×2と書くとカゴが2個になり、1個のカゴに3個づつみかんがのっていることになる。
数学モデル化の方法はひと通りに限らないと書きました。数学の世界の3とカゴを結びつけるのは数学モデル化の方法であり、数学の世界にカゴは存在しないのでした。問題文にカゴが3個とあれば、3×2でも2×3でも、カゴと結びつくのは3です。
・2×3=6は2×3を計算した結果が6ということ。
小学校を卒業しましょうと書きました。2×3は式であり整数でもありました。計算した結果をどうこういうのは、計算力をはかりたいという小学校教員の都合でしかありません。6=2×3でも2×3=6でも、数学の世界では同じことです。計算をしたらなんていう段階はありません。

知ったことではない

 小学校の教員には、教育の都合をもちだして、かけ算の順序を正当化しようという人もいるようです。

 文章に出てきた数字をかけるだけで答えが出てしまうから、本当に理解しているかどうか確認するために式を書かせ、かけ算の順番を根拠にするのだと。
 支離滅裂ですね。小学校のテストで適当に書いた答えがあっているなんてことは、ほかにもざらにあるでしょう。それがいけないことですか?問題がいけないのであって、子供が適当な答えを書くことがいけないのではありませんね。それに、そこまでこまかいことを確かめようとしていたらクラス全体で授業をしていられないでしょう。かけ算の順序を正当化するための言い訳としか考えられません。
 マーク試験のテクニックで、わからなくてもとりあえずマークして先に進めとか、数学であれば、とりあえずゼロでも書いておけなんて指導をする教員がいるでしょう。いっていることとやっていることがバラバラですね。同一人物ではないかもしれませんけれど。
 間違っている子供にわかるまで、全員につきあうという教員であれば、本当に理解しているか確かめたいという言葉にいくらかの真実の響きを感じられますけれど、減点だけして、お前は本当には理解していないと言い放つだけであれば、ただの言い訳ですよね。自分の妄想を押しつけているだけで、迷惑です。
 数学の側から眺めるとすれば、教育の都合なんて知ったことではありません。数学的に正しいか間違っているかだけで判断すべきだということになります。教育をもちだせばなんでも正当化できると思ったら大間違いです。

数学を理解していれば

 いままで書いてきたことは、むづかしいことではありません。高校を卒業したくらいの大人なら誰でも理解しているようなことばかりです。整数の積では交換法則が成り立つから、順番を問題にするのはおかしいというだけのことを長々説明してきたことになります。定義の同値という部分くらいは高度かもしれませんけれど。もしかしてわからなかった人がいるでしょうか?わたくしにはこれ以上説明できませんけれど。

子供の教育ということ

 大人が小学校の算数の内容についてケンカ腰になって発言するのは滑稽ですね。大人なのですから、新しい知識を取り入れる姿勢がもとめられます。誰に?いや、いいんですけれど。
 数学をかじった人間からすると、いままで書いたように、文章題でかけ算の順番を問題にする根拠はありませんし、学習が進んだときに否定されるべき内容であるわけです。
 子供のテストでかけ算の順序が違うとケチをつけられてバツにされたからといって、目くじらを立てるような重大事でもありません。学校のテストの点数なんてどうでもいいじゃないですか、教師はバツにしたけど、本当はあってるんだよといって子供に教えてあげたらよいのです。

公教育

 小学生の内容とはいえ、数学へつながっていくわけですね、算数の学習というものは。であれば、数学の世界から見ておかしなことは小学生に教え込むべきではないと、教員に対してはそう思います。
 教員自体が思い込みを捨てられなければ仕方ないのですけれど。小学校教員は数学ができるというわけではないですからね。数学の能力が小学生レベルの人が教えていたって不思議ではありません。中学レベルの数学で理解の限界をむかえる人も少なくないのですから。そういう人でも小学校教員になれてしまうのは問題ともいえますけれど。
 大人になってもかけ算の順序なんていう人は、ある意味被害者です。運悪く小学校で教えられて、知識を更新することなく大人になったのでしょう。小学校で被害者である教員があらたな被害者を再生産しているという構図に見えます。
 小学校教員に過度に期待してはいけないとわかります。教科書にないことは、先生が言ったことでも間違っているかもしれないと、子供に言わなければならないのかもしれませんね。悲しいことです。