(ブログ連載小説)あいすクリームは溶けない #3

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3.バンドマンってカッコいいですよね
 部屋のドアはわれわれを拒絶するように固く閉ざされている。例の金属同士がガッチリ噛みあってミッチリ閉まるドアだ。ドアノブもガッシリした金属製でハンドル部分にゴムがついている。
 手をノブに刺す。
 いや、思ったよりすこしばかり硬かったらしく、刺さらなかった。指をくじいただけだった。痛い。
「なにやってんですか。ドアもロクに開けられないなんて。しっかりしてください。いてっ」
 すでに先駆者がいるというのになにも学ばずに同じ轍を踏んでしまうとは、輪をかけて間抜けということではないか。ちょっと満足。相坊、ありがとう。
 気を取りなおして、もう一度大蔵がドアノブを、今度はしっかりつかんで押し下げる。ガクッと金属同士のかみ合わせがはずれて、ぐいいいと体重をかけて押すと、ばりりりりと緩衝用のゴムがはがれてドアが気持ち開いた。相坊も手を添えてドアを開ける。
 ふいー。大蔵は一息ついてしまった。歳のせいではない。体力がないせいだ。威張ることではないけれど。威張らなかったらみじめなだけではないか。威張っても、そのことがみじめではあるけれど。ともかく、体力がないことには自信があるのだ。
 部屋の中にはソファがあって、肘を膝に置き、手を組んでうなだれている髪の長い男がすわっている。さっき玄関で女の子に泣きつかれていた男の子だ。
「お疲れのところすみません。お話、聞かせてもらえますか」
 男が顔をもちあげる。睨みつけるような表情は海外のモデルを思わせる。タンクトップにジーンズ、足もとは裸足。
 返答はないけれど、イスがあったから引き寄せてすわる。相坊は立ったまま。
 重々しい扉がついていたことからわかるように、防音室というやつだ。窓は横長なのが天井近くにある。壁にハンドルの装置がついていて、あれをまわして開閉するらしい。いまは窓が閉じて、エアコンが部屋を冷やしてくれている。
 ハンカチで汗を拭きながら部屋を見回す。
 楽器がおいてあったり、デスクの上は音を調整するつまみがついた機械やら、キーボードやら、パソコンやら、スピーカーやら、セミプロ級くらいの録音機材が揃っているのではないだろうか。大蔵はこういう新しい機材に詳しくないから断定できない。けど、お金持ちだということは間違いない。普通の家に防音室なんてない。
「この部屋は寝室じゃないんですよね」
 ベッドが見当たらない。
「寝室は二階にある。ここは音楽専用の部屋」
「被害者とはどういう関係ですか」
「バンドのメンバー。おれがボーカルであいつがギター。高校が一緒なんだ」
「昨夜はここでなにをしていましたか」
「曲作り。学園祭に向けて」
「夜遅くまで?」
「音が漏れないから、集中していると時間がわからなくなる」
「なるほど。それで、被害者の子も泊まることになったんですね」
「そんなことはしょっちゅうさ。おれがソファに寝て、あいつは床で寝ちまう。くたくたになって、仕方ない寝るかって感じ。ごろんと寝たらすぐ意識がなくなる」
「昨日だけの、なにか特別なことはありませんか」
「ないね。いつも通り、あいつがギター弾いて曲を考えて、おれが注文をつける。そうやって作るんだ。歌メロはおれがつけて、あいつが注文をつける」
「口論になることは?」
「そりゃあるさ。こっちがいいと思っても、あいつがダメだという。あいつがいいというものも、おれがダメだという。音楽にはいい悪いの基準なんてないからな。そんなの当たり前だ」
「そういう時はどうするんですか」
「録音だな、録音して聞くと歌いながら、ギター弾きながら聞いたのと印象が変わってくる。そうするとどちらかが折れる。それでも決着がつかなきゃ、曲の中で分け合うんだ。一回目に出てくるときはこっちにして、二回目はこっちみたいに」
「じゃあ、バンド解散だっていうほど激しいやりとりはないんですか」
「一度もないね。おれは曲をあいつに頼ってた。あいつはボーカルをおれに頼ってた。お互い別れられない関係だったんだ。まだ高校生で世界は狭いからうまくやるしかない」
「大人みたいな考えだなあ」
「ふん」
 大人は嫌いなのだろう。
「それで、曲が出来上がって寝たってことですか?」
「そう曲はね。詩がこれからだった」
「詩はシンガー、ボーカル?ボーカルの人が書くわけじゃないんですか」
「あいつは詩を書くのも得意だった。おれも書くには書くけど、なんつーか、ロックにならねえんだ。それで、あいつに直してもらってた」
「そうすると、昨日つくってたのは曲の方で、詩がまだで、詩を書くのに助けが必要だったんだから、困っちゃいますね」
「それどころじゃねえだろ。人ひとり死んでんだぞ。これからの人生が全部なくなったんだ。これから書くはずだった曲も、演奏も全部一緒に死んだんだ」
 なるほど。
「寝るときは?エアコンつけっぱなしですか?」
「いや、消して窓を開けてた。ノドに悪いから、寝るときはエアコンを消すように気をつけてる」
「毎日暑くて、うちはエアコンつけっぱなしです」
「でも、今朝はヒンヤリしてた。朝からもわっと暑いという感じじゃなかったな。夏の終わりが近いんだろ」
「そうですか?気づかなかった。ふたりで並んで寝てるからか」
「自慢しないでくださいよ」
「自慢じゃないよ。自慢だけど」
 相坊をからかうのは楽しい。
「それで、朝起きて、今朝は過ごしやすいと思って、ソファで目を覚ましたあとは?」
「キッチンで水飲んで、コーヒーとトーストを用意してもどってきて、あいつを起こしにかかった」
「そうしたら、もう起きなかったんですね」
 こくんとうなづく。
「救急車を呼んだけど、もう冷たくなってるって言って、警察を呼んで帰って行った」
「なにか病気をしていたとか?」
「健康な高校生だったと思う。体はおれなんかよりぜんぜん丈夫だったし」
 その辺は司法解剖でわかるだろう。

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