(ブログ連載小説)あいすクリームは溶けない #7

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7.コピーバンドは有利ですよね
 高校生にしては渋く、プログレコピーバンドが演奏を開始した。なかなかよい。
 コピーバンドは、曲の面で有利だ。いい曲はより取り見取りだし、大勢が曲を知ってくれている。あとは演奏を磨くだけだ。大蔵でも知っている曲ばかりだったから、楽しめた。
「いまのは上手でしたね」
「そうだな。音源もスコアもあるし、なんなら速さを押さえて再生もできるから演奏者としてはいい時代になったよな」
「そうなんですか。昔はちがうんですか」
「レコードの時代は大変だったろうと思うぞ。おれはそこまで年寄りじゃないけどな。何度も同じフレーズを再生したいと思ったら、針を移動させなくちゃいけないんだから。スコアが手にはいらなければ耳コピするしかないし」
「はあ、未来は素晴らしい」
「その通りだ」
「お待たせしたねえ」
 米田さんとサクラさんが合流してきた。席を奥につめてふたりの席をつくる。
「ケツがあったけえな」
「はずかしいです」
「ぬかせ」
「で、どうでした?」
「うん、おいしかったよねえ。ちゃんとわらび粉を使ってるんだって。お茶も茶道部の子が淹れてるとかで、おいしかったなあ」
「米田さん、音けっこう大きいですけど、大丈夫ですか?」
「年寄りみたいに言わないでよ。ぼくの青春時代はメタルの黄金時代だったんだから」
「米田さんも聴いたんですか?」
「あのころはみんなが聴いたねえ。ボンジョビなんて、テレビのコマーシャルに出るくらいだったんだよ。みんなが聴くようになると、メタル小僧はみんながまだ知らないバンド、みんなが聴かないバンドを探すんだねえ。そうやって、どんどん激しいものが求められて、スラッシュとかデスとかいろんなジャンルが派生していったみたいだねえ」
「すごい、歴史の証人みたいになってる」
 サクラさんが米田さんを見直したみたいだ。
「えーと、つぎはアイドルグループみたいですよ。楽しみですね」
 相坊に絶妙なタイミングで棺桶に叩き込まれた米田さんは、そうとかろうじて答えた。アイドルは性に合わないらしい。大蔵も同じだ。眉間に皺をよせて舞台を見始める。
 米田さんはアイドルグループの出演中、一度トイレに立ったようだった。やっぱりあの声は癇に障るのだろう。歌のときくらいは歌の発声法をしてもらいたいものだ。
「いっぱい練習したんでしょうねえ、ダンスの息がピッタリあってました」
 ああ、ダンスね。観てなかった。大蔵は、耳をふさいで下を向いていたのだ。だったら歌わなきゃいいだろと内心悪態をついた。
 お茶屋の着物の衣装のまま、女の子が押し通ってきて、大蔵の奥の席についた。つぎがみんなのお目当てのステージなのだ。
「どうにか間に合いました」
「もっと前に行かなくていいんですか?」
「音はこのへんが一番いいはず」
「ギターはどうしたんですか?」
「うん、ほかのバンドの子をスカウトして」
「そう、間に合ったんですね」
「オリジナルでしょ?大変だったみたい、覚えるの。毎日泣きながら帰ってたって」
「ひどい」
「でも、今日全部むくわれるんだから」
「そうですね」
 青春の一ページになるといいけれど。悲しみの一ページになる可能性も。
 会場が暗くなって、演奏が始まる。
 なかなか印象的なリフだ。イントロが終わって、ボーカルが舞台袖からマイクスタンドに駆け寄り、歌いだす。すこし不安定だけれど、個性的で、ハイトーンを交えながらカッコいい声を発している。曲にそれなりに複雑さがあり、楽しめる。米田さんのメガネにもかなったようだ。
 テクニカルというよりはブルージーなギターソロをそつなく弾きこなし、急造のギタリストも合格だ。
 女の子が袖をつかんで、どう?と聞いてくるから、反対の手でサムアップしてやった。でっしょうといって、ピョンピョン跳んだ。
 二曲目になると、ボーカルも安定して心地よく聴いていられる。
 ロックは二三年の演奏経験でこんな風に立派な演奏を聴かせる人がけっこういる。クラシックでも子供のうちからプロとして活躍する人がいるけれど、そういうのは例外中の例外だ。若者はどんどんロックを演奏すればいい。大蔵は十年以上のキャリアでもギターの腕がちっともあがらないけれど。
 最後の曲として、新曲を演奏するという。

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