5.都合よくギターが弾けたみたい
大蔵はギターケースを慎重に壁にもたせかける。相坊はテーブルについて店の様子やショーウィンドウをキョロキョロと見回している。大蔵もイスに腰かける。
「先注文してきていいぞ」
「え、聞きにきてくれないんですね」
「お前ね、セルフサービスの店にはいったことないおぼっちゃんかよ。天井から注文の仕方がさがってるだろ。まず、コーンかカップを選んで、シングルとかそういうのを選んで、アイスを選ぶんだ」
「あー、書いてありますね。へー、アイスって店で食ったことないんですよね。はじめてが大蔵さんとってのが、なんだかなあ」
「それはこっちのセリフだ。相坊とアイス屋なんてなんだかなだよ。おれは疲れたんだ、ほら、先に注文してこいよ」
「へーい」
口をとがらせて反抗的だ。ロックだから今日は許してやる。ハンカチを出して顔と首の汗を拭く。ギターを弾くのは久しぶりだった。指先がジンジンと痛い。手が疲れて握力が落ちている。頑張りすぎたかもしれない。
「オマケしてもらっちゃいました」
相坊はチョコレートアイスの上にのった小さい抹茶アイスを指さしている。コーンを選択したらしい。
「あ、刑事さんだ」
さっきも刑事がきたんだけれど、気づかなかったみたいだな。アイス屋の制服に身を包んでずいぶん印象がかわった。素直で元気な女の子に見える。
「もしかして、わたしを疑ってるの?容疑者?わたし」
「いや、まだ事件か事故かわからないんですよ」
今日の実験で事故の線はなさそうだということになったのだけれど。
「そうなんだー。いつごろ決まるの?」
「さあ」
「学園祭は?きてくれるの?」
「どうだろう、捜査に必要だとなれば葬式でも結婚式でも学園祭でも行くけど」
「うん、必要必要。だって、学園祭の曲つくってたんだもん」
「でも、詩ができてなかったんだっていうから、演奏できないんじゃないですか」
「大丈夫、何曲も持ち歌あるんだから。あ、ギター弾けるの?そしたらピンチヒッターでギター弾いてあげたら?」
「いやいやいや、久しぶりに引いたから指痛くてダメです。人前で演奏なんてできませんよ」
「そう、残念。じゃあ、気が変わったら言ってね」
「はは」
大蔵はアイスのディスプレイをのぞき込む。汗をかいたからサッパリしたものがよい。オレンジのシャーベットをカップで注文した。サービスするというから、すこし多めにしてもらった。
「なんだ、大蔵さんコーンにしなかったんですね。コーンなら食べられるのに」
「食いたくなかったんだ。汗かいて疲れて、いまは固形物を食べたくない」
「歳ですかね」
ああ、そうだろうよ!
大量のアイスをお土産に署にもどった。
「おお、気が利くじゃねえか」
美しい顔に華奢な体で、ブラウスを腕まくりにこんなセリフを吐かれると、ガッカリするというものだ。工事現場のオッサンじゃないんだからと思ってしまうのだ。金輪際口にはできないけれど。
サクラさんが一番にアイスの袋に顔をつっこんで品定めをはじめる。顔を引き抜いて咳きこみはじめた。
「どうしました。アイスを吸いこんじゃいました?」
「どんだけ鼻の穴デケえと思ってんだ。殺すぞ。つうか、死ぬかと思った」
袋の中に大量のドライアイスがはいっていた。
「ああ、ドライアイスですね。酸欠になっちゃいましたか。顔をつっこまずに選べばいいんですよ」
「目がワリいんだよ、悪かったな。食い意地が張ってるみたいにいいやがって」
ストロベリーアイスを選んだらしい。米田さんは、ほうじ茶のアイスでもあればそれを選びそうなイメージだけれど、ベリーのソースがマーブルになった、チーズも入ってゴージャスで女子ウケしそうなアイスを選んだ。意外だった。
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