科学が社会をかえミステリを産んだように、サイバー空間が社会をかえサイバーミステリを産んだ。一田和樹「原発サイバートラップ」(集英社文庫)

 ショートストーリー「インコの冬」をカクヨムで投稿し、一田和樹にコメントをつけてもらいました。

インコの冬(九乃カナ) - カクヨム

 先ほど、ふたつ目のショートストーリー「死活監視」も公開しましたので、またコメントをつけてもらえるでしょう。

  プロに短編を読んでもらい、コメントをもらっておいて、なにもなしというわけにはいきません。「原発サイバートラップ」を購入しました。作者にはいるのは数十円でしょうけれど。と思ったら、印税は印刷の際に支払われているわけですから、わたくしが購入したところで作者には関係ないのでした。一冊くらいでは重版の判断にも関係しないでしょう。

 せっかくですから、感想を書きます。感想文ですね。うぅ、ぐるじぃ、持病の癪が。


 小説のはじまりは、すでにテロ事件が発生し対応が進行しているところです。視点が小刻みに変わり、外周を回るように事件についての情報が開示されてゆきます。それから、タイムリミットが設定されます。はじめから緊迫感がすごい。
 ハリウッド映画のようです。
 ハリウッド映画のようといえば、「ホワイト・アウト」があります。映画で観ました。小説は途中で読むのがとまっているかもしれません。
 映画を観たときは、といってもDVDですけれど、日本でもハリウッド映画みたいのが作れるんだなあと感心しました。古い作品ですけれど。ただ、発電所の内部のセットが安いなという感じは否めません。テロリストもちゃちな印象でした。思い出しました。
 「原発サイバートラップ」です。映像化には向きませんね。だって、チャットだの、テレビ会議だの、頭の中で考えていることだのばかりでアクションがありません。吉沢という登場人物はひとりでアクションをしますけれど、ほんの一瞬だし、盛り上がる場面ではありません。
 事件は会議室で起きてるんじゃない、サイバー空間で起きてるんだ。映像的には会議室とあまりかわりません。
 足を使って捜査するでなし。推理というか、ほとんど思考です。思考であり、シミュレーションですね。
 というわけで、小説で楽しみましょう。
 もう一点、「ホワイト・アウト」は一人の人間のドラマといった趣ですけれど、「原発サイバートラップ」は群像劇です。サイバーテロに対しては、ひとりの人間は無力ということなのでしょう。

 わたくしはかつて、暗号をすこしかじっていたり、セキュリティに詳しい知り合いがいたり、セキュリティ部門の末席を汚していたことがあったりしますから、九乃の設定を盛りすぎでしょうか、「原発サイバートラップ」を読むのに苦労することはあまりありません。
 細かい技術的なことは出てきませんから、セキュリティのことがわからなくても楽しめます。
 わたくしは、この会社のモデルはあれかなとか、実名が出ているのは許可がとれたということかなとか、ということは架空の名前になっているのは拒否されたのかなとか、許可とる必要ってあるのかなとか思いながら読みました。
 ○○脆弱性、ロマンですよね。ネタバレに気をつけて伏字にしました、文字数関係なしに。「原発サイバートラップ」で重要な役割を果たします。
 ミステリーとしては、フーダニットであり、ホワイダニットであります。サスペンス要素が強い気がしますけれど、ミステリーとしても十分楽しめました。

 わたくしが好きなのは島田荘司京極夏彦です。島田荘司の御手洗シリーズ、吉敷シリーズ。京極夏彦京極堂シリーズ。あたらしいのは、まだ追いつきません。古いのから順番に読むのが好きなものですから。といいつつ、一田作品ははじめから読まずに「原発サイバートラップ」がはじめてです。ごめんなさい。だって、書店に在庫がなかったのです。
 島田荘司はミステリかくあるべしみたいなことを語っていますね。謎が重要で、不思議な謎に科学的な解決が最高なのだと。ミステリーのはじまり、ポーからしてそうなのだと。また、科学が社会をかえた時代に、むしろ時代に先駆けてミステリーが生まれたのだと言っていたと思います。ちがったかな。
 現在は分子生物学が発達し、脳科学研究が進められ、ネットが社会をかえつつあります。分子生物学脳科学島田荘司が手を出していますね。御手洗は脳科学の研究のためにスウェーデン?どこか北欧の国へ旅立ちました。
 ネットのミステリー、サイバーミステリーという言葉があるようですけれど、一田和樹が登場しました。島田荘司が選考する文学賞から。

 

(受賞時の選評)

fukumys.jp これからのミステリーの本道のひとつは、この道なのです。サイバーミステリーの名作がいくつもあらわれるでしょう。そうでなければミステリーは衰退し消えてしまうかもしれません。
 島田荘司の受け売りで書いてしまいました。わたくしにはそんなパースペクティブはございません。でも、叙述トリックは嫌いです。
 トリックが成立するということでは、医学や脳科学や、サイバー空間を必要としているのが現在なのでしょう。そして、医学ミステリーは多く生産されていますけれど、サイバー空間ものは少ないようです。一田和樹しか知りません。
 わたくしもサイバーミステリーが書けたらいいなと思う次第です。