(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #5

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5.現場百遍?そんなにやってこられても困ってしまいます
 大蔵は窓を背にすわっている。テーブルの向こうでドアが開け放たれ、廊下の窓が見える。お尻をずらして、ズッコケたような格好になってみる。うん、こんなものか。
 イスにすわった状態で胸を撃たれたのだとすると、ドアを正面にしているのだから、ドアが開いているときに撃たれたということになる。メイドの女の子がケーキと紅茶をのせた盆もってドアを開けたときだろう。室内にはいってしまえば、もしドアが開け放されていたとしても、メイドの女の子の影になってしまって被害者を撃つことはできない。
 いや、ドアを開けているときだって、撃ってくださいとばかりに体をよけているわけではない。やはりメイドの女の子の影になってしまうだろう。ドアノブに手をかけているのだから。
 かりに、ドアが開いて女の子という障害物がない状態だったとしても、廊下から発砲したら、メイドの女の子はもちろん、ほかの部屋にいる人たちにだって銃声が聞こえただろう。メイドの女の子はすぐそばで発砲されることになる。犯人はモロバレだ。
 廊下に窓はあるけれど、犯行当時窓が開いていたということはないし、イスにすわった被害者の胸に水平に弾を打ち込むには、窓の位置が高すぎる。大人が立って胸の位置に窓の枠がくる。
 部屋の外には弾丸が飛んでくる場所がない。
 かといって、拳銃が部屋の中から発見されたということもない。どういうことだろう。まったくわからない。いや、いままでの事件だって毎回どういうことかわかっていないのだけれど。かわった事件ばかりなのだ。
 イスからずり落ちるようにして床に膝立ちになる。窓側も同じ。窓ガラスに穴が開いているなんてことはない。しかも窓はハメ殺しなのだ。事件当時も窓が開いていたなんてことはない。イスにすわった状態で撃たれたというのがウソであったとしても、状況がよくなることはない。
 被害者の死因は銃で心臓を撃ち抜かれたことによる心臓損傷だった。銃弾は背骨でとまっていた。弾の入射角度は水平。
 困ったことだ。
 あんな小さな女の子を殺害する動機というのもわからない。いやに厳重に警備されているように思うけれど、これは誘拐対策なのだそうだ。子供部屋の窓はハメ殺し、普段ドアは施錠し、廊下にひとりメイドが控えている。事件の当時も、メイドの女の子がおやつをキッチンに取りに行っているあいだも、ドアを施錠し、入室の際に鍵を開けて、また締めるということをしている。ドアの横には、ご丁寧に盆を置くための小さな台が設置されている。
 見張り役のメイドがまず疑われたけれど、硝煙反応はでないし、拳銃もでないし、女の子のメイドがすぐそばにいる状況で撃たなければならないし、どうやらシロらしい。犯行の方法がまったくわからないのだから、犯行時の状況を考慮することは賢明ではないけれど、ほかの条件からシロと言っていい。
 銃声ということで言えば、誰もそれらしき音を聞いていない。メイドの女の子が盆をもって部屋にはいったあとドンという物音が聞こえたということだけれど、つまづいたときの音か、足を踏ん張ったときの音か、テーブルに手をついたときの音だろうと想像がつく。実際、二三回ドンという音がして、ガシャンという音がしたらしい。盆、グラス、皿、フォークが飛び上がり、跳ね返り、転がり、落ちたのだから、さぞかし騒々しい音がしたのだろう。紅茶だって、びしゃーっとカーペットに流れ落ちたようだし。
 盆には氷が解けて水がたまっていたらしい。
 女の子が氷をひろったのだ。紅茶は盆に移すことはできないけれど、氷ならほおっておいてカーペットを余計に濡らすより拾った方がよい。
「あ、お蔵入りの」
 メイドの女の子がランドセルを背負って部屋のドアから顔をのぞかせている。大蔵はイスにズッコケたまま手を挙げて挨拶した。
「大蔵さん」
「お蔵入りのって、誰にそんな悪口を吹きこまれましたか」
「え?えーと。さあ」
 サクラさんしかいない。いつか名誉棄損とセクハラで訴えてやりたい。
 イスにすわりなおす。メイドの女の子はいまはメイド服ではない。テーブルにやってきて、大蔵の向かいのイスにすわる。ランドセルの紐を手に握ってかわいらしい。
「大蔵さん、なにか飲む?」
「うれしいな、ご馳走してくれるの?そうだ、昨日と同じように紅茶いれるところ見せてください」
「よろしくてよ」

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