(ブログ連載小説)幻のドーナツ #2

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2.ちゃんと捜査したんですよ?書いてないけど
 被疑者のアパート。サクラさんたちはベランダ側を見張ってくれている。大蔵は相坊とともに部屋をたずねる。
 ピンポーン
 中でチャイムが鳴るのが聞こえた。被疑者は現在無職で、張込みの結果、在宅だとわかっている。物音がして、玄関に近づいてくる。玄関が、
 まだ開かない。
 のぞき窓でこちらを確認しているようだ。
「どちらさまですか」
 慎重な性格の被疑者らしい。さっさとドアを開ければいいのに。
「警察です。お話を聞かせてもらえますか」
 ドアの鍵が開く音。
 バンッ
「うぎゃっ」
「うおっ。あっ、待てっ」
 大蔵はドアのノブが腰に直撃し、板の部分で肩と顔を打たれて、アパートの廊下の手すりに寄りかかった。相坊はインターホンを押してドアからずれていたから、ドアの攻撃は受けなかったけれど、被疑者が飛び出してきて突き飛ばされ、廊下の手すりに体を打ちつけて倒れてしまった。
 これは任意同行どころではない。ヘタしたらこのまま逃走されてしまう。被疑者確保の夢が足音高く逃げてゆく。
 無線でサクラさんたちに状況を知らせ、相坊を立たせて追いかける。腰が痛くて、階段を降りるのに難渋した。道路に出てサクラさんと合流する。でも、サクラさんも米田さんも犯人を追いかけるには向かない。大蔵と相坊で確保するしかない。
「どっち行きました?」
「あっち走ってった」
 相坊とふたりで走る。大蔵は勉強が得意なのだ。運動は苦手だ。就職試験でも、警察大学校でも大いに苦労した。被疑者を追いかける相坊を大蔵が追いかける。あぶない刑事じゃないんだから、走らせないでほしい。大蔵は自分を古畑任三郎タイプの刑事だと思っているのだ。
 あ、相坊が公園にはいっていった。まずい、子供がいたら危険だ。肺をゼイゼイいわせ、血の味を感じながら、公園の入口にたどりつく。子供は、
 いなかった。
 相坊が被疑者を追い詰めている。
「警察だ。抵抗するな」
「ウソだ。ダマされるもんか」
 事情がよくわからない。大蔵たちを警察ではないと思っているらしい。なら、手帳を見せれば早いと上着の内ポケットを探り手帳を取り出す。付属の紐でグルグル巻きだからほどいてやらないといけない。
「大蔵さん!」
「え?」
 被疑者が大蔵に迫ってきていた。よける余裕はない。必死に腕をまわして取りつく。偶然足がからまって、被疑者ごと地面に倒れる。またさっきと同じ肩と腰を地面にしたたかに打ちつけた。
「痛てぇ」
「それより、逮捕逮捕」
 相坊にせかされて、逮捕状を示す。時刻を読み上げ、腰のベルトにつけていたケースから手錠を取り出す。ケースが壊れていてひっかかった。手錠もドアノブと、さっきの地面の衝突ですこしゆがんだらしい。被疑者の手首と自分の手首にかけるとき、面倒をみてやらないとはまらなかった。これだからアルミは。
「やりましたね」
「エイドリアーン」
「なんですかそれ」
「いいんだ、ほっといてくれ」
 とうとうみずからの手で被疑者を確保したというよろこびに、大蔵は浸っていた。相坊になど邪魔されたくはない。

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