(ブログ連載小説)いちごショート、倒れる #3

目次へ

3.これはかわりすぎた事件ですと言われた
 そんなことを言ったのだけれど、やっと暖かいところにきたと思ったら、小学生の女の子と向かい合わせですわらされてしまった。どうやら、大蔵の取り調べ相手はこの女の子らしい。
「えっと、大蔵です。よろしく」
 無言。顔をあげもしない。
 大蔵はひとりっこ。弟や妹の面倒を見るなんていう経験をしたことがない。こんな子供の相手をするのは荷が重いように、自分の実力をはかった。刑事の務めとして、アメやチョコレートをポケットにいれておかないといけないのかもしれない。いや、チョコレートをポケットに入れたら溶けてしまうか。アメやガム、ラムネくらいか。大蔵はそういった駄菓子に馴染みがないから、やっぱり子供の相手は荷が重いと思ってしまう。
「ここは、居間ですか?立派なお部屋ですね」
 反応がない。
 女の子の服装を見ると、どうもこの家の子供ではないようだ。他人の家の居間をほめられても、反応のしようがなかったかもしれない。反応がないというのは、話しかけた人間を不安にさせるものである。
「その服は、制服ですか?この家でお仕事してるのですか?」
「この服はメイド服ですわ?」
「ですわ?」
「ごめんなさい、アニメの観すぎでへんな口癖がついてしまって」
「いえ、いいんです。ちょっと、服装との違和感に驚いただけです。気にせず、使ってください」
 やっと女の子から言葉を引き出すことができた。あやうく失敗しそうになったわけだけれど。
「殺されちゃった女の子、なにちゃんだっけ、その子はどんな風に殺されちゃったんですか」
「どんな?」
「えっと、なにをしているときとか、どこにいるときとか、誰にはわからないか、胸を刺されたとか、首を絞められたとか、そういうこととか、どうやって実行されたかっていうことを聞きたいんだけど」
「ひとつづつ聞いてください」
「そうだよね、いっぺんにいろいろは無理です。どこにいて殺されちゃったんですか」
「子供部屋で、テーブルの席についていました」
「子供部屋。大きいおうちだから、子供部屋も大きいんでしょう?」
「この部屋よりちいさいけど、はい、大きいと思います」
 話しはじめたら、しっかり受け答えをしてくれる。もしかしたら、先にサクラさんが取り調べようとして怖がらせてしまったのかもしれない。大蔵だって怖いくらいなのだ。
「ドアを入って、どのあたりですか?そのテーブルがあるのは」
「まっすぐ歩いたところです。十歩くらいかな」
「そんなに。うちだったら部屋を通りすぎちゃうな」
 女の子がちいさく笑う。大蔵は笑えない。
「テーブルは大きいんですか?アニメみたいに、こっちのはじからむこうのはじまでながーくて声が届かないくらい」
「そんなわけありません。子供部屋のテーブルですよ?ふたり用のちいさいのです」
 手をのばして丸くテーブルの大きさを示してくれる。たしかにバカでかくはない。
「じゃあ、イスにすわっていて、まわりは?どんな部屋なんですか?」
「ドアをはいって正面がテーブルで、その先は窓です。テーブルの右側にはベッド。ベッドのさらに右奥はクローゼット。テーブルの左側は本棚とか机とかです」
 説明は小説のように手際よい。
「なるほど。それだけ聞くと普通の部屋みたいですね。なにか普通じゃないものってないですか」
「普通の女の子の部屋です。すこし広いというだけですわ?」
「うん、そうですか。ヨーロッパの騎士の鎧とかありそうかなって思ったんだけど」
「そういうものは廊下に飾るか、収蔵庫です。子供部屋になんて置きません」
「ですよね」
 家にはあるんだと思って感心してしまう。お金持ちはちがう。地下牢があったり、拷問部屋があったりするんじゃないかと想像をたくましくしてしまうけれど、子供に聞くことではない。
「つぎは、殺されちゃったときは何をしていましたか?テーブルにすわって何をするところでしたか」
「お茶ですわ?」
「お茶。ああ、おやつの時間でしたか」
「わたしはケーキと紅茶をお盆にのせてお部屋へ運んでゆきました」
「そう、ケーキですか。豪勢ですね。クリスマスでもなきゃ、ケーキなんて食べませんけどね」
「それではケーキ屋さんが困ってしまいます」
「それはそうだ。誰がどんなときにケーキを買うかなんて考えたことなかった。ああ、家庭訪問だ。家庭訪問のときはケーキを用意するんだよね。で、先生は手をつけない。それで、子供は家庭訪問の日はケーキのおやつにありつけるわけだ。先生がケーキを食べちゃったときの悔しさったらないけどね。もう授業中指されても答えてやるもんかって神に誓うんだね」
「なんのことですの?」
 ですのが出た。大蔵ははじめて聞いた。アニメを見過ぎた女の子はみんなこんな口調になってしまうものなのだろうか。
「いや、こっちの話。気にしないでください」
 ふう、ため息が出ちゃう。無理に合わせようとしなくてもいいか。
「それで、ケーキを食べてるときに?」
「なんです?」
「殺されちゃったのは」
「ケーキは食べなかったのです」
「食べなかったの?もったいない。まだあったらもらってもいい?」
「警察の方がもっていったのではないかと思いますけれど」
「そうなの?ケーキを押収したの?かわった事件だな。いや、運命か」
「運命?」
「そう、かわった事件にばかりあたってるんです。この現場で一番偉い人なんですけどね?」
 大蔵は自分で自分を偉いという恥ずかしいことをやらかしたことに気づいたけれど、気づかなかったことにして自分を指さす。
 いや、やっぱり恥ずかしい。
「はあ」
 怪訝そうな顔。こんな小さな子でも怪訝そうな顔ができるのか、女の子って怖い。
「かわった事件しか担当したことがないんです」
 かわってますかと気の抜けた返事が返ってきた。そりゃそうだ。一般の人からしたら、自分の遭遇した事件が普通か変わってるかなんて関係がない。あなたの事件変わってますねなんていわれて喜ぶ関係者もいないだろう。いや、お金持ちは、庶民と一緒にしてもらっては困る、うちの事件は特別に決まってるなんて言うかもしれないけれど。
「それはさておき、」
 なにをさておくのかわからないけれど、
「もっていったケーキ、なんで食べなかったんですか」
「それは、つまづいてしまったんです」
「つまづいた?いつ?どこでです?」
「ケーキを運んでテーブルに置こうかというとき、テーブルの目の前で」
「それで」
「お盆を、こうバンとテーブルに叩きつけちゃって、手をつくみたいにして」
「ああ、体勢を崩してね?」
「そうです。体を支えようとしたんですね、反射的に」
「うん」
「で、グラスはひっくり返っちゃうし、フォークは飛んでっちゃうし、ケーキは倒れちゃうし、テーブルも床も紅茶でびしゃびしゃになっちゃったんです」
「でも、ケーキはひっくり返っただけなんでしょう?」
「ひとつがひっくり返ってというか、横に倒れて、もうひとつはすこしずれただけでした」
「なるほど、食べられますよね」
「で、殺されちゃってた、んです」
「は?」
「胸に血が出ていて、ちいさな穴が開いていて、お人形みたいに、目は開けているけど、なにも見てないんです。あと、わたしが紅茶をかけてしまって、びしょびしょだったけど」
 胸に穴が開いてたって、キリ状のもので刺されたのか?
「いつです?子供部屋にはいったときは?生きてました?」
「さあ」
「さあって、言葉をかわしたりしなかったんですか?」
「しません。お盆にグラスをのせてましたから、話しかけられても、黙っててといいます」
「じゃあ、顔も見てない。すでに人形みたいだったかわからない」
「見てません」
「それじゃ、いつ殺されちゃったかわからないじゃないですか」
「わかりません。けど」
「けど?」
「部屋の外にやっぱりメイドが控えていましたから、」
「誰にも殺すチャンスがなかった?」
「と思いますけど」
「すみません、訂正します。かわった事件なんかじゃありません、かわりすぎた事件ですよ、これは」
「なにかおまけもらえます?」

目次へ